ノクターナル・アニマルズ

 

日曜の朝、シャンテにて。トム・フォード新作「ノクターナル・アニマルズ」。

 

「シングルマン」のような完璧に統制された美を期待していたけれど、そういう意味でのトム・フォードっぽさは今作は控えめ。シャネル、プラダ、他のメゾンの洋服を衣装とし、トム・フォードの洋服は使わなかったからかしら。それでも、警官の着るジャケットとシャツの柄のバランスや、エンドロールのフォント、やはり細部に至るまで尋常ではないセンスは味わえた。

 

ニューヨークでセレブ生活を送る女(エイミー・アダムス)に、元夫から刊行される前の著作が送られてくる。小説の名は「ノクターナル・アニマルズ(夜の獣たち)」。不眠症の女を元夫はかつてそう呼び、小説は女に捧げられていた。現実とテキサスを舞台とした小説世界、どちらの中心をも同じ俳優(ジェイク・ギレンホール)が演じることで、2つの物語は入り混じり、女の心は蝕まれてゆく。

 

前情報をほとんど入れていなかったので、こんな物語だったのね、と思うと同時に、恐ろしくも現実にたくさん転がっているだろう物語だとも思った。私はわりと、この女のように、かつて情熱があった対象であろうと、容赦なく過去を切り捨てる、現在の欲求に忠実なところがある。そしてジェイク・ギレンホール!あの目の周囲の毛(眉毛、睫毛)が異様なほどふさふさと密集した特徴的なルックス、眉と睫毛の間、狭いなーといつも思うけれど、その面積が狭いわけではなく、通常サイズの面積の大半を毛が覆っているため狭く見える、あの目界隈。ニューヨークでの偶然の再会の夜、懐かしく会話をし、二人の間に好意が存在するのは火を見るより明らかなれど、関係を前に進める一言を自分からは言わず、女に言わせる種類の男である。苦手だわ…と思いながら成り行きを眺め、手の込んだ執念深さに怯えた。

 

最後まで観て、女よ、ざまあみろ。と思う人もいるでしょうが、私は、あんな目界隈がやたらふさふさした男のまわりくどい復讐なんぞに負けてはならぬ。空虚だろうと着飾り、背筋を伸ばし、生まれながらに恵まれた人生を気高く全うせよ、女。と思った。約束の日を間違えていたわ、と、いけしゃあしゃあとした態度で店を出るが良い。

 

総じて振り返るに、親の忠告は案外鋭いから、耳を傾けましょう、ということか。ママンはシャネルを着た預言者である。

 

何故にテキサス?と考えてみれば、トム・フォードってテキサス出身なのだった。テキサスを出てセレブリティ生活を送る彼は、どの登場人物に自分を見たのでしょう。「シングルマン」はパートナー(リチャード・バックリー)に捧げられ、この映画はさりげなく「リチャードとジャック」に捧げられていた。ん?と思えば、前作からの間にトム・フォードは父親になっていた。

 

衣装への関心で言えば、サイトにあるアリアンヌ・フィリップスのコメントが興味深い。

 

「監督は、服に関して他の監督が持ちえない独自の言語を持っています。衣装はファッションではない。衣装とは、単に服を着ることではなく、登場人物を作り出すこと、物語を動かすものなのだ、という監督の考え方も、他にはないことだと感じました。」

 

http://www.nocturnalanimals.jp/

 

オープニングのグロテスクさはリンチやフェリーニ、美しい女の引きつった顔はヒッチコックやポランスキー、様々な監督の様々な映画の記憶が浮かんでは消えたけれど、振り返ってみると誰の映画にも似ておらず、トム・フォードの映画だった。

 

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