ファントム・スレッド

 

 

世の映画好きを二分する(していない)熱きアンダーソン論争、私は俄然、ウェスよりポール・トーマス派である。それが証拠に『犬が島』はまだ観ていないけれど(観たいぞ)、『ファントム・スレッド』は初日に観に行った。

 

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女を求めることはあっても己の完全なる世界を崩す気はなく、女がその先を求め始めると即座に関係を破棄していた仕立屋が、母の幻影を追うように女・アルマと出会い結婚する。田舎町のウェイトレスだったアルマの結婚前の生活はオートクチュールの世界とは程遠く、けれどアルマは男にとって完璧な身体を持っている。

 

男にとって完璧な身体とは決してモデル体型ではなく、肩が丸く下腹がぽっこりした骨の存在を感じさせない体脂肪率の高そうな、そしておそらく母に似ているだろう体型だった。アルマより洗練された美しい女はたくさんいるだろうに、執拗にアルマに執着するところ、好み、嗜好というものの説明不可能な本能らしさを表していて興味深い。

 

衣装の美しい映画好きとしては、ダニエル・デイ=ルイスが天才仕立屋の役と聞いただけで、気に入ること間違いなしと思っていたけれど、途中から衣装への興味は後退し、奇妙な愛の物語に夢中になった。頑固者同士の領地争い。「あなたには無力で倒れていてほしい」という言葉がまさか愛を語るなんて、という関係もこの世に存在するのだ。

 

思い返してみると、最初から女が男に従順な素振りを見せたことなど一秒もなかった。高名な仕立屋だから好きという素振りもなく、最初から男そのものを見ていたように思う。

 

初めて女が戦闘を仕掛けた夜、不意打ちに男がバランスを崩し、食事の前にシャワーを浴びると力弱く宣言し、シャワーを浴びて食事の席についた時の、パジャマの上下にベスト、ジャケットを羽織った外着と家着の入り混じった不思議な装いこそ、男の動揺とよろめきを表現しており、男の仕立てる数々のオートクチュールより遥かに記憶に残った。

 

上半期、私のベストは『ファントム・スレッド』だったと思う。

 

 

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