なみのおと

 

先週、清澄白河で観た、酒井耕・濱口竜介監督の東北記録映画三部作。1本めは震災のあった2011年に撮られた『なみのおと』。

 

http://silentvoice.jp/naminooto/

 

岩手県田老町の女性によって読まれる昭和8年3月3日の大津波の紙芝居にはじまり、気仙沼、南三陸、石巻、東松島、新地町と南下しながら、消防団員や市議会議員、夫婦や姉妹など、親しい者同士や監督との対話が行われる。津波の恐ろしさや悲惨さと復興への強い思いが混在したその声は、鑑賞者も含めた聞き手の存在によってこそ生まれる貴重なものであり、100年、200年先まで伝えるべき価値を宿している。移動の間に朗読される昭和8年津波被害を記録した山口弥一郎のテクスト、冒頭の紙芝居、土地の風景や音とともに、幾度も津波に襲われた歴史をもつ三陸の姿とそれでもそこに住み続ける人々の意志とが描かれ、故郷とは何かという問いが自ずと発生する。土地の記憶を切断してしまった出来事を、語り継ぐ言葉のひとつひとつがその答えなのかもしれない。

 

冒頭の紙芝居から惹きこまれ、短くはないドキュメンタリーがあっという間だった。紙芝居は過去にその町であった大津波の被害を語るもので、その町ではさらに昔にも大津波があったことも語られる。今回で3度目。それなのに、どうして住み続けるの?という問いに、だからといって簡単に離れられるわけではない、故郷だから。という答えが、複数の語り手による様々な声、言葉で語られてゆく。紙芝居が過去の大津波の被害を語ったように、この映画を再生することで、この後ずっと語りの記録として受け継がれていくのだろうか。

 

趣味を通じて知り合った友人を亡くした女性。あなたにとってそのご友人はどのような方だったのですか?という問いに、それまで保っていた淡々とした表情が一気に崩れる。女性は歴史小説好きで、日本の歴史小説を読み漁っていたところ、友人が韓国の歴史小説を勧めてくれて、一気にハマった。そんな話ができる友人は、出会おうと思って出会えるわけではない。歴史小説について語るときの、さっと目に光が灯るような微細な変化も映っていた。

 

やみくもに声をかけるわけにもいかず、震災体験を語ってもいい、と希望した人を撮影したとのこと。夫婦、姉妹など対話の相手がいる場合はふたりで、相手が見つからない場合は監督が聞き手になる。聞き手がいて初めて対話が成立するのだから、その存在感も重要ということか、両監督も時折画面に映る。

 

潜水を教える事業を営む夫婦の対話がとりわけ印象的で、パンフレットの濱口監督のインタビューによると、この夫婦との出会いにより、対話の魅力を信じることができたそう。家が流され、外れた床を筏のように使って、ウェットスーツなど潜水の装備で流され、崖を這い上がって命拾いするくだりは、ふたりの語りに悲壮感がないので、アクション映画の筋書きを聞くような気分になってしまったけれど、大津波の被害にあった、この明るい夫婦の実話なのだ、と何度か自分に言い聞かせた。ほぼ無傷で生き延びた奥さんはおそらく医療に従事した過去があり、骨折した夫を病院に引き渡すと、避難所の医療スタッフとして動き回ったらしい。女は強いね、男はダメで、なんて夫婦で笑いながらも、大きな主語で語ることを軽やかに回避し、夫婦ふたりをひとまとめにすることもなく、あくまで独立したたったひとりの自分自身を主語として語ることのできるふたりだった。妙に惚れ惚れした気分になり、この夫婦の対話だけでも、『なみのおと』を観る理由として十分すぎる。

 

最後の姉妹の会話も、気のおけない家族同士のゆるゆるしたやりとりの中に、突然「大きな、宇宙みたいな話をするけどな」と、照れ笑いした後、海辺に暮らし、津波の被害に遭って、今はもう故郷の町では暮らせないけれど、海があって山があって私たちがいて、自然の調和の中に暮らしがあったのだから、津波を避けるための高い防波堤を作るという話があるけれど、そんなのができてしまうと、あの美しい海が見られなくなる。人工的な対策ではなく、頻繁に避難訓練をしたり、みんなが意識してすぐに動ける練習をするほうがいい、という語りがあって、これはもう、故郷というものがあって、それを失った人にしか言えない言葉だった。

 

『なみのおと』は、震災以降に観た、震災についての映画の中で、もっとも「信じられる」と思わせるものだった。語りの場を準備すること、語る人・聞く人、シンプルながら難しいことへの真摯な試みがあちこちから伺えたからかもしれない。三部作はまだまだ続く。

 

※蓄積疲労に襲われており、続きはまた明日(たぶん)。

 

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