うたうひと

 

濱口竜介、酒井耕監督の東北記録映画三部作、上映は清澄白河で。会場はこの清洲寮という建物の1階にあるスペースだった。清洲寮、昭和7年(1932年!)に建てられた集合住宅。寮という名前だけれど、個人所有の建物で、現在も空室があれば借りられるのだそう。駅近なのに古いせいか賃料も格安。

 

東北記録三部作の最後は『うたうひと』。前2作とは趣向を変えて、東北の民話伝承を記録する。

 

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『うたうひと』は 酒井耕・濱口竜介監督による『なみのおと』『なみのこえ』に続く東北三部作の第三部。二人は前二作における「百年」先への被災体験の伝承という課題に対して、東北地方伝承の民話語りから示唆を得る。栗原市の佐藤玲子、登米市の伊藤正子、利府市の佐々木健を語り手に、みやぎ民話の会の小野和子を聞き手に迎えて、伝承の民話語りが記録された。語り手と聞き手の間に生まれる民話独特の「語り/聞き」の場は、創造的なカメラワークによって記録されることで、スクリーンに再現される。背景となった人々の暮らしの話とともに語られることで、先祖たちの声がその場に甦る。映画と民話の枠を超えた、新たな伝承映画が誕生した。

 

みやぎ民話の会の小野和子さんを聞き手に、集った70〜80代という年齢の男女が民話を語り始める。淀みなく発される民話はどれも、話す人が幼い頃、祖父母や両親から伝え聞いたもの。成長して民話を聞くことも話すこともなくなったけれど、男性は40代の後半、不意に民話を語りたくてしょうがなくなり、小野和子さんとの出会いにより、語る人生が始まったのだと言う。

 

ひとりの人間の体に何百もの物語がインデックスつきで収納され、引き出しを開けるように、次はこんな話があったら聞かせて?とリクエストに応じてするすると物語が出てくる。何度も繰り返し聞いた民話だからなのかどうか、人はこんなにも聞いた物語を詳細に記憶し、再現できるのだな、と驚く。最高齢の女性の口跡が見事で、講談師のようだった。

 

語りも見事ながら、聞く人・小野和子さんの素晴らしさにも目を瞠った。ねぇねぇ、お話を聞かせて?とせがむ幼子の無邪気さと、どんな突飛な展開もどっしりと受け入れ楽しむ落ち着きが共存しながら、常に語りの素晴らしさを讃える。こんな人を前にすると、誰でも自分が語り上手になって気がして、どんどん話してしまうだろう。そうやって引き出された民話が何千とあるのだろう。

 

小野和子さんによると、語りだけではなく、相槌も民話の一部とのこと。それが納得できる民話伝承の記録だった。三部作の最後がそれまでとガラリと色を変えたことに驚いたけれど、『なみのおと』『なみのこえ』を観た私が、何百年も先の人が東北であった震災について知りたければ、この映画を観ればいいのでは…と考えたように、『うたうひと』で締めくくられたことを、観終わると納得した。どんな語りも聞き手なしにはありえない。耳を澄ます、相槌、記録すること。

 

 

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Mariko
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