Cinema on the planet
007 – Mariko Tsujimoto
Taipei Cinema Trip Part1
台北電影節 Taipei Film Festival 2017
2017年夏、台北へ。きっかけはふと目にした、和洋中の要素が混じるクラシカルなホールに映画のスクリーンが据えられた写真。調べると台北の中山堂という場所。毎年夏に開催される台北電影節(台北映画祭)のメイン会場だそう。リサーチし、ひとまず行ってみることに。
空港からMRTで台北駅に到着。天気予報は雨。台北、ずいぶん久しぶり。前回はずっと雨降りで、晴れの台北は映画の中でしか観たことがありません。地上に出ると、雨雲が重厚な北門郵便局の建物にのしかかり、なんとも「魔都」という言葉が似合う光景が眼前に。
中山堂広場に佇む孫文の銅像も、天気のせいかドラマティックな佇まい。
事前に映画祭サイトでチケット購入方法を調べ、事務局に問い合わせると、日本からチケット購入できる手段はないとの返事。旅の目的「中山堂で映画を」が果たせるか不安でしたが、中山堂のチケットセンターで日時とタイトルを告げると、モニターで座席指定しながら購入できました。映画祭中、全期間のチケットがここで買えます。人気作品やゲストが登壇する回は予約完売することもあるようです。台湾の携帯電話番号があればオンラインチケットでも買えます。
翌朝、眩しさで目が覚め、カーテンを開けると…晴天 !! 台北101が正面に。はじめまして、青空の台北!
中山堂はMRT「西門」駅から歩いてすぐ。映画の前にgoogleで調べ、近くで本格的な珈琲を飲めそうな蜂大珈琲へ行ってみることに。
入口に並ぶクッキーや月餅はイートイン可能。合桃酥(クルミのクッキー)と蜂大水滴冰咖啡(水出しアイスコーヒー)をオーダー。クリームも珈琲も濃厚で、氷が溶けても珈琲の味がしっかり残ります。隣のおじさんが食べていたモーニングセットが気になり、別の日に再訪。1956年創業の蜂大珈琲は器具や豆の卸も行い、台湾に珈琲文化を根付かせた功労者的存在。珈琲の種類も豊富で、阿里山珈琲もリーズナブルに楽しめるようです。旅先でこんなお店に出会えると、珈琲好きはホッと一安心。しっかり目も覚め、いざ中山堂へ!
中山堂は威風堂々とした建物。入口に置かれていた、絵本のようなデザインの子供用のリーフレットで歴史をお勉強しながら歩いてみます。歴史表現は台湾のものです。
現在の建物が建つ前、この場所には台湾総督府があり、総統・副総統の選挙や国賓の接待が行われていました。現在の建物は日本統治下の1936年、台北市公会堂の名前で、市民の集会場所として誕生。1945年の光復(日本の統治から解放されること)の際は、2階に現存する光復廳で日本が降伏文にサインする式典が催され、名前も孫文を表す中山を含む中山堂へと改められました。
設計は日本人・井出薫。それまで主流だった西洋風建築から、より現代的な建築への移行期であり、また台湾の素材を積極的に取り入れたため、様々な建築様式が混じっています。
グラフィカルな壁。斜め格子状の窓は方勝と呼ばれる中国式の通気窓。縁取りに使われた朱色の紅陶と呼ばれる煉瓦、北投焼の煉瓦など、台湾各地の土と製法で作られた煉瓦やタイルを使うことにこだわり、10種類以上の素材が組み合わされています。
大きな面積を占める浅草緑色の煉瓦は光の反射を避けるために表面に溝が掘られており、淡くくすんだ色は、開戦直前に建てられた中山堂が攻撃を受けないよう目立たない色を採用したためで、国防色と呼ばれました。
車寄せと通行人用歩道のある広々とした正門まわりは西洋風。建物内に入る前、靴底の泥を洗うために使われた洗足池が現在も残っています。
優雅なアーチをくぐって、中へ。
售票處はかつてのチケット売り場の名残。
天花板と呼ばれるロビー天井の緩やかに弧を描く設計や幾何学模様はイスラム風。柱にもイスラム様式のレリーフが施されています。
中華風の照明は2016年、中山堂80周年を祝うデザインのものも。1945年の光復を境に国民党政府の指揮により大幅改装が施され、館内にちりばめられていた日本を象徴する菊のモチーフは、すべて梅の花に変えられたそうです。
1階ロビー脇の廊下部分。4階までありますが、映画祭期間だからか上階には上がれませんでした。上階にはカフェや、茶藝や華道を楽しめるサロンもあり、普段はホールでの催しを観ない人でも入ることができます。
映画祭会場は1階メインホール・中正廳。中華花藝という流派の花がエントランスを彩っています。
座席番号を單號(奇数)、雙號(偶数)で左右に振り分ける珍しい配置。
中正廳の内部がこちら。中二階もある座席数1122席の大ホール。ステージ上の高めの位置にスクリーンがあり、傾斜の少ない前方に座っても観やすそう。映画以外にも様々なコンサートやイベントの会場として使われており、ここで伝統音楽を聴けたら場のオーラとの相乗効果で夢見心地でしょうね。
観客賞の投票用紙。台北映画祭には新人監督を対象とした「國際青年導演競賽」と台湾映画を対象とした「台北電影獎」の2種類のコンペティションがあり、審査員による審査や観客投票を経て各賞が決定します。帰国後に確認すると、2017年は映画『大佛普拉斯』が台北電影獎グランプリはじめ多数受賞していました。
チケット購入時に「前邊可以嗎?(前方でも大丈夫?)」と聞かれ、大丈夫と答えると、前から2列目を手配してくれました。前方でもスクリーンとの距離は十分。
映画祭会場は複数あり、私は中山堂で上映される映画から選びました。滞在中にかかる作品には日本映画、中国大陸の映画等がありましたが、せっかくなので台湾で撮られた台湾の監督の映画を観たいと思い、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督『千禧曼波(ミレニアム・マンボ)』を選択。日本でも人気の高い監督ながら、私とは相性が悪いのかいつも眠ってしまいます。『千禧曼波(ミレニアム・マンボ)』、何度もトライしながらいつも最後まで観られなかったけれど、映画祭の熱気も手伝い、ついに観終わることに成功!
『千禧曼波(ミレニアム・マンボ)』は、基隆から台北にやってきた若い女性が、複数の男性の間を行き来する浮草生活を送ったミレニアムの頃の自分を、時間が経った後に振り返る物語。私が最後に台北を訪れたのもミレニアムの頃。久しぶりの台北を、記憶を手繰り寄せながら歩いたばかり。主人公の心情と不思議とシンクロし、映画が想定外の深さまで浸透してきました。街や国を越え、見知らぬ人々の物語が遠くで暮らす私に届くことも映画の大きな魅力ですが、地酒はその土地で飲むのが最も美味しいという説は、映画にも当てはまるのかもしれません。そして、縁がないと思っていた監督や物語に、出会うべき場所で、この上ないタイミングで出会うこともある。きっと「映画は待ってくれる」のでしょう。
上映後は『千禧曼波(ミレニアム・マンボ)』はじめ、侯孝賢監督や賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督作品で音楽を担当する林強(リン・チャン)がゲストとして登壇(写真右)。クラブで遊ぶ若い世代を主人公に据えたこの映画を、世代の違う侯孝賢監督はどのように撮ったのか?という質問に、「監督は取材と言っては夜な夜なクラブに繰り出し、誰よりもノリノリで踊っていた」というエピソードが披露され、場内爆笑。
『千禧曼波(ミレニアム・マンボ)』は中国語、英語字幕つきで上映されました。Q&Aには英語通訳はついておらず中国語のみ。中山堂でのQ&Aは舞台の下にゲストが立つので、ゲストに興味がある方は前方の席がお薦めです。
中国語、英語の2か国語表記の映画祭ガイドブック等の資料は無料でもらえます。林強(リン・チャン)は特集上映があり、フリーマガジンの表紙にもなっていました。
上映後、退出する人々で混雑するロビー。
外に出ると、車寄せに影迷交流區(映画好きの交流エリア)と書かれた掲示板を発見。映画好きが友達を募る掲示板⁈と興味津々で読んでみると、余ったチケットの売買を呼びかける付箋ばかり。SNS時代にまさかのアナログっぷりに驚いたけれど、メイン会場の目立つ場所にあるのは確かに便利かもしれません。
中山堂広場に停まっていた中影股份有限公司の車。いつも映画の前に中影マークが映されると、これから台湾映画を観る!という気分が高まります。
中山堂での上映スケジュール。『千禧曼波(ミレニアム・マンボ)』と同じ日には『謝謝你,在世界的角落找到我(この世界の片隅に)』がかかり、主演女優が登壇するためか早々にチケットは完売。『謝謝你,在世界的角落找到我(この世界の片隅に)』はロードショー公開されるようで、街のあちこちにポスターが貼られ、ラッピングバスまで走っていました。
広場から中山堂を眺めながら、ふと『牯嶺街少年殺人事件』に中山堂が登場するシーンがあるけれど、映画で観た中山堂は、目の前にある中山堂と同じなのだろうか、と考えました。台湾のウェブサイトをいくつか検索してみても、本物の中山堂がロケ地として使われたと書かれていたけれど、少しイメージが違うような?
疑問は残りつつ、念願の場所で映画を観た悦びに満たされ、台北での残り時間は映画にまつわる場所をぶらぶら巡ることにします。後篇に続く。
information
台北電影節
(Taipei Film Festival)
*2018年は6月28日〜7月14日開催
http://www.taipeiff.taipei/
中山堂
台湾台北市中正区延平南路98号
http://www.zsh.gov.taipei/
蜂大珈琲
台湾台北市成都路42号
『千禧曼波』(2001年)
邦題:ミレニアム・マンボ
監督:侯孝賢(ホウ・シャオシェン)
http://www.bitters.co.jp/mambo/
『大佛普拉斯』(2017年)
邦題:大仏+
監督:黄信堯(ホアン・シンヤオ)
*2017年、東京国際映画祭で上映
http://2017.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=153
『牯嶺街少年殺人事件』(1992年)
監督:楊德昌(エドワード・ヤン)
http://www.bitters.co.jp/abrightersummerday/