Cinema on the planet
007 – Mariko Tsujimoto
Taipei Cinema Trip Part2
台北電影散歩
2017年、夏の台北。旅の目的「台北電影節(映画祭)のメイン会場・中山堂で映画を観る」(前篇はこちら)を早々に果たした後は、思いつきで街をうろうろ。振り返ってみれば、これまでに観た台湾映画の面影を辿るような散歩になりました。
牯嶺街
楊德昌(エドワード・ヤン)監督『牯嶺街少年殺人事件』、映画のロケは他の場所で行われたそうですが、映画のモチーフとなった1961年、少年が少女を刺殺する事件のあった牯嶺街は台北に実在する、MRTを中正記念堂駅で降り数分歩いた先にある通りのこと。
長い間、映画を観ることをおあずけされていた日本のファンとしては、地名表示、店の名前やバス停など、あちこちに「牯嶺街」「牯嶺」の文字を見つけるたびに、ハッと立ち止まり写真撮影。
入口に郵政博物館があるせいか古切手や古い貨幣を売る店が軒を連ねている以外は、ほぼ地元の人しか歩いていない落ち着いた住宅地。牯嶺街で思いつめた表情で写真を撮っている人がいれば、間違いなく、あの映画のファンでしょう。
明星珈琲館(Café Astoria)
映画祭の情報以外は何も調べずに台北に来てしまったけれど、映画祭の前に立ち寄った蜂大珈琲が素晴らしく、台湾に西洋文化が伝わり根付かせるきっかけとなったであろう老舗が気になりました。空港で買った中華電信SIMが大活躍で、キーワード「台北老店(台北の老舗)」で検索し、明星珈琲館に行ってみることに。台北駅と中山堂の中間の便利な場所にあります。
明星珈琲館は1949年創業のロシア料理店。創業者はロシア革命を逃れるため、まず上海に渡った後、国民党政府とともに台湾にやってきたロシア人。文人サロンの趣があり、記者会、読書会など文化活動の拠点となった店だそう。
帰国後、楊德昌(エドワード・ヤン)監督『台北ストーリー』のパンフレットを読んでいたら、監督、主演の侯孝賢やスタッフは毎晩のように明星珈琲館に集い映画談義に花を咲かせたと書いてありました。名物のロシアン・マシュマロとロシアン・コーヒーで一息。1階のベーカリーではパンやケーキ、パイナップルケーキも買え、鮮やかな黄色がレトロなパッケージはお土産にもぴったり。
波麗路(BOLERO)本店
こちら、波麗路本店も台北老店。雙連界隈を歩いていると店の前にメニューが出ており、眺めていたら店主に話しかけられました。歴史やメニューなどひととおり質問して教えてもらったものの、お腹に空きがなく入店は辞退。けれど、やっぱり気になって翌日に行ってみました。
1934年創業、台北最古の西洋料理店。当時珍しかった西洋料理と、レコードでかかる西洋音楽が人気を呼び、音楽家や芸術家が集ったそうです。カレーを頼んでみたらステンレスの食器で供され、薄暗い照明も手伝って、なぜか共産圏の古い映画の中にいるような気分を味わえました。
帰国後、1930年代台湾の流行音楽にまつわるドキュメンタリー映画『Viva Tonal 跳舞時代』を観たら、当時の流行歌手やプロデューサーがよく通ったレストランで過去を回想する場面で波麗路本店が登場。私の訪問時も、近くのテーブルで常連らしき老婦人方が和気藹々とお茶をされていましたが、もしかしたら彼女たちも、往年のスターだったのかもしれません。
創業当時から変わっていないのか、カレーはレトロなお味。Google検索でレビューを読んだら、「この店の味を味わうと台湾に西洋料理が紹介された後、長い年月をかけていかに味が進化したかを知ることができる」と書かれており、爆笑。食事のほか、コーヒーやプリンアラモードなど、喫茶店としても利用できます。
台北之家
MRT中山駅近くにある台北之家は侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督プロデュースによる複合施設。贅沢な広さの緑の庭に囲まれた白亜の洋館は、かつてアメリカ領事館として使われていた建物。映画館(光點電影院)の他に、監督の映画タイトルにちなみ、カフェは珈琲時光、バーは紅氣球という名前。侯孝賢ファンにとっては、たまらない場所でしょう。
映画館に入って台湾の映画を観たかったけれど、訪問時は日本映画が多いラインナップだったので、再訪時の楽しみにします。1階に光點生活という映画関連本やDVD、BDを販売するショップがあり、台湾の古い映画館が描かれたポストカードやマスキングテープを購入しました。
日星鑄字行
MRT中山駅から少し歩いた路地にある日星鑄字行は台湾に残った唯一の活版印刷用の活字屋。現在も日々新たに活字が製造されており、中国語の繁体字の活字を製造するのは世界でもこちらだけだそうです。漢字やアルファベットだけではなく、日本語のひらがな、カタカナの活字もあり、個人でも一文字から購入可能。複数の活字を組み合わせて、スタンプを作ることもできます。
「Cinema Studio 28 Tokyo」の繁体字表記でスタンプを作りたくてウロウロしていたら、親切なスタッフの方に声をかけていただき、簡体字育ちの私は、数字の繁体字表記など知らないことを教わりながら一緒に活字を探しました。何万もある活字の海からお目当ての一文字を探すなんて気が遠くなりそう!と言うと、日本の国語辞典にも画数や部首から文字を探すルールがあるでしょう? この店の活字は台湾の辞書を引くルールに従って並んでいるから、慣れるとすぐ探せるようになるのよ!と教えていただきました。
喜楽時代影城
街のサイズが大きすぎず、交通の便も良い台北。気の向くままに映画にまつわる場所を巡っても、時間に余裕があったので、日本でなかなか配給されず、ちょうど公開中だったホン・サンス監督『夜の浜辺でひとり』を観ることにしました。台湾でのタイトルは『獨自在夜晚的海邊』と直訳。
上映館を調べると、中心からやや外れた南港という場所にある一館のみ。MRTに揺られ辿り着くと、お目当ての喜楽時代影城は南港駅直結の大きなショッピングモールの中の、25スクリーンもあるシネコンでした。ショッピングモールのお店の大半は日本資本のチェーン店で、映画館で流れる予告篇も日本映画ばかり。日本以上に日本らしい環境に、ここはどこ…? と狐につままれた気分に。
上映開始3分前まで私以外の観客がおらず、もしや観客1人? と危ぶんだところ、開始直前に3〜4名が入場。1人で観に来ている女性ばかりで、熱心な映画好きかホン・サンスファンなのでは?! 全員に声をかけてお話ししたい衝動に駆られながら、それぞれの観客の映画好き人生を妄想しました。
中国語字幕だけを頼りに韓国映画を観る体験は初めて。中華圏で映画を観ると、エンドロールが流れた瞬間にスタッフが入場し上映室の電気を点け、観客も一気に退場することが多く、この映画館も例外ではありませんでした。エンドロールをしぶとく見届ける観客としては、もう少し暗闇で余韻に浸らせて…と思いますが、カタルシスのないさっぱり感は中華圏らしくもあります。
誠品站前店
旅も終盤。空港に向かう前、台北駅にある誠品書店に立ち寄りました。上海出身の小説家・張愛玲(アイリーン・チャン)の短篇集を購入。日本語翻訳版があまり出版されないけれど、李安(アン・リー)監督『ラスト、コーション』の原作者です。文章はもちろん、張愛玲本人(写真左上の女性)のモダンなチャイナドレスの着こなしやメイクも好み。
空港に向かうMRTで早速、大好きな短篇『多少恨』のページを開くと、冒頭、主人公が恋の相手に出会う上海の国泰電影院という映画館の内装が、煌びやかな言葉で描写されます。いつか、国泰電影院でも映画を観てみたい。李安(アン・リー)の故郷・台南の映画館にも行ってみたい。
身体は東京に向かいながらも、次なる中華圏Cinema Tripへと、心ははやるのでした。
information
牯嶺街
台湾台北市中正区
MRT中正記念堂駅が最寄り
『牯嶺街少年殺人事件』(1992年)
監督:楊德昌(エドワード・ヤン)
http://www.bitters.co.jp/abrightersummerday/
明星珈琲館
(Café Astoria)
台湾台北市武昌街一段7號
(1F明星西點麺包廠、2・3F明星珈琲館)
『台北ストーリー』(1985年)
原題:青梅竹馬
監督:楊德昌(エドワード・ヤン)
波麗路(BOLERO)本店
台湾台北市民生西路314號
http://cprc.cute.edu.tw/bolero/
『Viva Tonal 跳舞時代』(2003年)
監督:郭珍弟(クオ・チェンティ)
台北之家
台湾台北市中山北路二段18號
http://www.spot.org.tw/
日星鑄字行
台湾台北市太原路97巷13號
https://www.facebook.com/rixingtypefoundry
喜楽時代影城
台湾台北市南港区忠孝東路七段299號11樓~14樓
http://www.centuryasia.com.tw/default.aspx
『夜の浜辺でひとり』(2017年)
監督:ホン・サンス
※日本では2018年6月公開
http://crest-inter.co.jp/yorunohamabe/
誠品站前店
台湾台北市忠孝西路一段47號B1
https://meet.eslite.com/tw/tc/store/20180220004
『ラスト、コーション』(2007年)
原題:色・戒
監督:李安(アン・リー)
小説『多少恨』
著者:張愛玲(アイリーン・チャン)
※日本語では『愛ゆえに』のタイトルで、
集英社文庫『ラスト、コーション 色・戒』に収録