Cinema on the planet

008- Mariko Tsujimoto

なら国際映画祭

現在は東京在住ですが、奈良出身の私。地元で2年に1度開催される、なら国際映画祭に一度は行ってみたいと考えていました。この秋に第5回が開催されますが、前回(第4回/2016年)、秋の連休を利用して参加した時のことを記録しておきたいと思います。

オープニングセレモニー

オープニングセレモニーの会場は東大寺と春日大社の中間に位置し、若草山を望む春日野園地。東京発の新幹線を京都駅で近鉄に乗り換え、近鉄奈良駅で降り、ずんずん東に歩くと到着します。のんびり寛ぐ鹿たちを目にすると、奈良に帰ってきたなぁ!と深呼吸。

事前にレッドカーペット会員というサポーター制度に申し込んでいたので、受付でガイドブックや記念品を受け取ります。野外に設置された大きなスクリーンと、たくさんの椅子。雨の予報だけれど、天気は持つかしら? 曇り空の下、ハラハラと待機。

緑の上に敷かれた100メートルあまりのレッドカーペットをエグゼクティブディレクターの河瀬直美監督、世界各地から集った監督や俳優陣、審査員、サポーター、市長やゆるキャラたちも歩き、いよいよ映画祭の幕開け。黄色い声の方向を見れば俳優の斎藤工さん。出演映画が出品されるわけではないけれど、映画祭の応援のためにわざわざ駆け付けたのだそう。再び黄色い声の方向を見れば藤竜也さん。オープニング作品の主演でした。

河瀬直美監督がスクリーンの前に立つと、鈍い曇り空の隙間から、さっと光が射してきました。市からの補助金が全額カットされ映画祭の開催そのものが危ぶまれ、開催にこぎつけたと思えば雨の予報。けれど最後にはきっちり帳尻が合って月の光まで味方につけるなんて、なんて強運なのでしょう。上映作品紹介の後、オープニング作品『東の狼』の上映がありました。

インターナショナルコンペティション部門で受賞した監督から、奈良を舞台に映画を制作するNARAtiveという企画の監督が選ばれます。『東の狼』は第3回審査員特別賞を獲得したキューバのカルロス・M・キンテラ監督が、日本の俳優を起用し、奈良南部の東吉野村を舞台に撮った映画。母が吉野出身のため、スクリーンに映る風景は目に馴染みがあり、自然豊かながら何もないところだと思っていたけれど、俳優と脚本とカメラがあれば映画は生まれるんだなぁ…と、月の光の下、DNAが沸き立つような感慨がありました。

NARA-wave

複数会場で複数部門の映画が同時進行で上映されるため、スケジュールを眺めながら計画を立てます。まず、メイン会場・ならまちセンターでのNARA-wave(学生映画部門)のプログラムを観ることに。

多目的ホールは靴を脱いで上がる公民館スタイルの会場。井樫彩監督『溶ける』の素晴らしさに頭がぼうっとして、外に出て頭を冷やして戻り、同じ場所でカンヌ映画祭招待作品特集を鑑賞。東京でも滅多にお目にかかれないプログラムに奈良に出会えるなんて、カンヌと縁の深い映画祭ならではの恩恵です。

映画の合間に

映画の合間が中途半端で、お店に入るほどではない。ぶらぶら外を歩いているとデイリーヤマザキを発見し、買ったドリップコーヒー片手に歩くと、休憩にちょうど良いベンチがありました。

猿沢池ほとりのベンチに座ると、目の前に広がった景色がこちら。100円コーヒーで最高の喫茶店にいる気分。映画の後味を反芻しながら、This is 奈良と呼びたい視界を堪能します。

私の実家はここから電車か車で移動する別の市にありますが、両親に連れられ、この界隈にあった映画館に行く休日が何より楽しみでした。映画の後は鹿と遊んだり、食事をしたり。

ひがしむき商店街にあるお好み焼きの老舗「おかる」は子供の頃から通ったお気に入り。

お店の人が焼いてくれるので、焼き方のわからない人でも安心。ふわふわの明石焼は家族みんな好きで必ず多めにオーダーします。

お好み焼き定食、焼そば定食、「炭水化物をおかずにご飯を食べる」と噂の関西らしい定食類もありますよ!頼んだことはないけれど…。

思い出の映画館は閉館し、奈良市は全国の県庁所在地で唯一、映画館のない都市になりました。そのため、なら国際映画祭は映画祭の他にも、移動式映画館として奈良市のどこかで毎月映画を上映する活動「ならシネマテーク」を継続しているそうです。

ふるさと納税

映画祭のサイトで紹介されていたので詳しく調べてみると、奈良市にふるさと納税し、税金の使い途を指定することで、なら国際映画祭を支援できると知りました。返礼品も名産品から有名店の食事券まで魅力的なラインナップ。さっそく納税手続きをし、返礼に奈良ホテルのランチチケットをいただきました。映画祭期間に合わせて予約し、両親と出かけることに。

1909年創業の奈良ホテル。かつてオードリー・ヘップバーンや三船敏郎など錚々たるスターも宿泊した、映画にまつわる場所でもあります。メインダイニングルームに向かう廊下には、その歴史を伝える写真や品々が飾られ、さながら博物館のよう。

愛新覚羅溥儀の来館時に新調した陶器。リアル・ラストエンペラーがこれで食事を…!

優雅に食事を楽しんだものの、台風が近づき窓の外は横殴りの暴風雨。ホテルのご厚意で小降りになるまでゆっくり時間を過ごさせていただき、次なる上映会場へ移動。

春日大社奉納上映

父の運転で送ってもらって到着した上映会場は、春日大社。2016年はちょうど、20年に1度執り行われる社殿の修築事業である式年造替の年でした。記念すべき神事にあたり、なら国際映画祭の一環として映画が奉納されます。

会場は境内にある感謝・共生の館。

花山院宮司によるご挨拶の後、2本の映画が奉納されました。河瀬直美監督は、なら国際映画祭ではご自身の映画を上映しないと宣言してきたそうですが、特別な機会だからと例外的に短編『輪廻』を奉納。続いて、本橋成一監督『アレクセイと泉』も奉納されました。

上映後は、拝観時間が終わり参拝客のいなくなった暗い境内を導かれ、本殿に向かいます。

観客全員で本殿に参拝し、一人ひとりが蝋燭に火を灯し、釣燈籠に献灯します。

毎回このような神事の年と重なるとは限りませんが、なら国際映画祭だからこその上映を満喫。奈良出身者にとって世界遺産や重要文化財の寺社仏閣は、贅沢なことに身近にある日常的な存在ですが、奉納上映に参加したおかげで夜間拝観もでき、貴重な思い出になりました。

そして暴風雨が嘘のように、特別な時間の前にはピタリと雨が止むなんて、河瀬監督の強運に驚きます。社務所の前で解散し、怖いほど真っ暗な樹々の間を駅に向かって歩いていると、暗闇から突然、ぬっと鹿が現れました。昼間の芝生で見かける鹿とは違い、夜の鹿は何やら秘密を抱えていそうで、帰り道もどこまでも奈良らしく、映画の中にいるような幻想的な夜でした。

クロージングセレモニー

6日間の会期もあっという間に最終日。ならまちセンターでのクロージングセレモニーへ。階段にはインターナショナルコンペティション部門の作品と監督の紹介がずらり。

初参加の私は、なるべく多くの部門から映画をピックアップしたため、インターナショナルコンペティション部門はあまり観られませんでしたが、様々な国のデザインや言語で彩られたポスターを眺めると、国際映画祭らしい華やかさがあります。

トロフィーは木彫りの鹿!賞の名前も奈良らしく、インターナショナルコンペティション部門最高賞・ゴールデンShika賞は『ナヒード』を出品したイランのアイダ・パナハンデ監督の手に。奈良で映画を制作する権利も授与されました。NARA-wave(学生映画部門)グランプリ・ゴールデンKojika賞は井樫彩監督『溶ける』に決定。『溶ける』はこの後、カンヌ国際映画祭シネ・フォンダシオン(学生映画)部門に正式招待されました。

映画祭の間、普段の帰省より長く奈良に滞在し、朝に行ってきまーす!と家を出て、夜は母の手料理を食べながら今日の出来事を話すような数日を過ごし、久しぶりに学生時代の気分を味わったせいか、田舎の高校生の抱える鬱屈を描いた『溶ける』が、私には余計に染みたのかもしれません。井樫彩監督に興味が湧き、その後、新作のクラウドファウンディングを募っているとの情報を得て、Cinema Studio 28 Tokyo名義で僅かながら出資することにしました。

クロージング上映は深田晃司監督と主演の筒井真理子さんも駆けつけ、公開前だった『淵に立つ』がいち早く上映されました。

世界中で開催されるどんな映画祭も、映画だけではなく、その街らしさを観客が同時に味わえるように趣向を凝らしていることと思いますが、なら国際映画祭は、映画好きとしての感慨だけではなく、ふと眺める景色もどこまでも奈良らしく、奈良を見慣れた私の目にもそう映るのだから、海外や県外からのゲストや観客には、さらにエキゾチックな特徴のある映画祭と印象を残すことでしょう。時間の都合で参加できなかった上映やイベントはたくさんあり、大人から子供までみんなで楽しめるプログラムが揃っています。

2年前のことなんて忘却の彼方にあるよ…と不安がよぎりながら書き始めたこの記事も、写真を眺めると幼少期の記憶まで蘇り、書きたいことが溢れてきました。映画館に囲まれた東京の生活も贅沢ですが、ふるさとのある人生もまた豊かで、生まれ育った奈良で素敵な映画祭が熱意をもって開催されていること、とても誇らしく思いました。第5回なら国際映画祭は今年9月に開催されます。秋の奈良へ、どうぞお出かけください!

information

なら国際映画祭
*次回は2018年9月20日〜24日開催
http://nara-iff.jp

春日野園地
奈良県奈良市雑司町
http://nara-park.com/spot/kasugano

『東の狼』(2016年)
監督:カルロス・M・キンテラ
https://ldhpictures.co.jp/movie/higashinoookami

ならまちセンター
奈良市東寺林町38
http://naramachi-center.org

おかる
奈良県奈良市東向南町13

『溶ける』(2016年)
監督:井樫彩
*新作『真っ赤な星』は2018年公開
http://igashifilm.com

奈良ホテル
奈良県 奈良市高畑町1096
http://www.narahotel.co.jp

春日大社
奈良市春日野町160
http://www.kasugataisha.or.jp

『輪廻』(2016年)
監督:河瀬直美
http://this-is-japan.jp/expectation/expectation_kawase_movie.html

『アレクセイと泉』(2002年)
監督:本橋成一
http://movies.polepoletimes.jp/alexei/

『ナヒード』(2015年)
監督:アイダ・パナハンデ
http://nara-iff.jp/2016/films/internationalcompetition/niff4952.html

『淵に立つ』(2016年)
監督:深田晃司
http://fuchi-movie.com

text & photo

辻本マリコ
Cinema Studio 28 Tokyo 主宰

奈良のお土産は山崎屋本店の奈良漬、ヤマトの柿の葉寿司、
横田福栄堂の鹿サブレ、東大寺の薬湯などがお薦めです!