moonbow cinema 『オリンピア』二部作

 

 

時間が経ってしまいましたが、9月末、moonbow cinemaで『オリンピア』を鑑賞したことを記録しておきます。moonbow cinema 3周年、10回目の記念すべき上映。おめでとうございます!

 

『民族の祭典』『美の祭典』の2部作から成る1936年ベルリンで開催されたオリンピックを女性監督レニ・リーフェンシュタールが記録した『オリンピア』、神楽坂の古い一軒家で上映されました。

 

詳細はこちら

https://moonbowcinema010.peatix.com/view

 

住宅地らしい細い道を歩き、本当にここで合ってるのかしら…moonbow cinemaのロゴも入り口にあるし…と、おそるおそる入り、案内していただいたのは床の間もある畳敷きの和室!座布団ではなく椅子があったけれど、なんとも実家っぽいというか、ノスタルジアが否応なしに呼び起こされる空間。

 

この夏、あまり出かけられなかったかわりに、部屋のスクリーンでW杯や甲子園中継を観る時間が長かったせいか、スポーツ(観戦)の夏から、スポーツ(観戦)の秋にスムーズに移行したような錯覚。見知らぬ観客の方に混じり、日本のメダル争いをハラハラ見つめ、勝利した瞬間には、やったね!!と叫びたくなるような(叫ばなかったけれどもね)微かな連帯感を感じるユニークな映画体験でした。

 

 

 

観ながら考えたことメモ。

 

・オリンピックを記録した映画では、市川崑『東京オリンピック』や、クリス・マルケルが撮ったヘルシンキ・オリンピックについての映画を追ったドキュメンタリー『オリンピア52についての新しい視点』(メゾンエルメスで鑑賞/詳細はこちら※)と独特の作風の映画ばかり観ていたせいか、レニ・リーフェンシュタールの撮るこのベルリン・オリンピックは政治と切り離し映画そのものをじっと見つめてみると、スポーツと躍動する人間の身体にフォーカスしたシンプルなドキュメンタリーだな、と思った。

 

・興奮する客席を捉えたショットも多く、日本人選手を応援する日本人も多く映る。この時代にベルリンでオリンピックを観戦する日本人とは、ずいぶんな特権階級なのではなかろうか。選手の家族?ヨーロッパ駐在の外交官?

 

・観客のファッションも着崩さないきっちりした正調の洋服で、どのタイミングから観客たちはカジュアル化したのだろう。オリンピック観客席の服飾史というテーマでオリンピックドキュメンタリーを観てみるのも面白そう。

 

・現在では当たり前となった、競技をリアルタイムでカメラで捉え、スタジアム内のビジョンに映し出す技術は当然1936年には存在せず、広いスタジアムで観客は双眼鏡を握りしめながら観戦する。そして競技の決着がつかず日が暮れると、ナイター設備も万全ではないスタジアムは文字どおり薄闇に包まれ、選手はかろうじて競技はできている様子だったけれど、観客にはどれぐらい見えていたのだろう。

 

・1936年のオリンピック、女性の種目数は現在より少なかったのだろうか。映画の時間配分としてはずいぶん男性偏重で、女性は添え物、競技場の華のような扱い。それは実況にもあらわれていて、実況担当の男性の声がどれだけ興奮しても、男性選手は最後まで名前と国名がきちんと呼ばれるのに対し、女性は徐々に「次はハンガリー娘」「優勝はドイツ娘!」と娘っこ扱いされ、2020年にあれをやったら大炎上しちゃうな、と思いながら観た。

 

・刻々と完成形に近づきつつある2020年東京オリンピックのスタジアムの建設現場をよく眺めるけれど、マラソンや短距離走だけがオリンピックではなく、馬術もセーリングもオリンピックなのだ。ああいった競技、東京のどこで開催されるのだろう。

 

・オリンピックを観戦するヒトラーの姿が頻繁に捉えられている。女子リレー、ずっとトップだったのに最後にバトンを落としてしまったドイツの選手の姿と、憤って多動になるヒトラーの姿が交互に映っていたけれど、あの選手、あの後、無事だっただろうか。

 

・30年代の映画、ベルリン出身となるとルビッチを想起するけれど、レニ・リーフェンシュタールはルビッチの10歳年下。アメリカに渡ってナチスを強烈に皮肉ったルビッチと、ベルリンで映画を撮り続けたレニ・リーフェンシュタール。どちらの運命も数奇で、それぞれの人生はまったく別物だ。当たり前だけれど。

 

休憩中、みづきさんが回覧してくださった『オリンピア ナチスの森で』(沢木耕太郎著/集英社文庫)は、このベルリンオリンピックに参加した日本のアスリートたちを追ったノンフィクションで、レニ・リーフェンシュタールへのインタビューも収録されているとのこと。映画を鑑賞した後に読むと最適だそうです。読んでみよう。