【本日更新】越南観察記録 第六回
本日更新しました。
moonbow cinema主宰・維倉みづきさんによる連載「越南観察記録」。みづきさんが現在暮らす異国の地で見かけた情景や観察した出来事と、映画の周辺について。
六回目は最終回です。こちらの連載、ちょうど私が東京はおろか山手線の内側からも出ない期間と重なっていたので、かつて確かにあった異国で過ごした時間の記憶も取り出して反芻し、懐かしさ、羨ましさ、新奇さなど、様々な感情を交えて読んでおりました。
周囲に国内外に旅行や出張に行く人が増え、未だ継続中とはいえコロナ禍の終わりを感じる今、永遠に行けないような遥か遠くに感じていた国や街の記録にも、いつか私も、と希望が芽生えつつあります。
観察記録と映画の周辺、どうぞお楽しみください。
Weekly28/LAMB/映画の秋
寒暖差と低気圧で身体の調律の困難さ極める秋ですね。
久しぶりに映画館通いを自分内解禁し、丸の内ピカデリーへ。アイスランド・スウェーデン・ポーランド映画『LAMB』を観た。
<あらすじ(公式より)>
ある日、アイスランドで暮らす羊飼いの夫婦が羊の出産に立ち会うと、羊ではない“何か”の誕生を目撃する。2人はその存在をアダと名付け育て始めるが——。
ホラーという紹介もあるようだけれどホラー感はなく、北欧民話のようだった。主人公夫婦は羊を世話し売ることで生計を立て、家内では猫や犬も飼っている。広大な自然の中に見渡す限り人影はなく、人間より動物のほうが頭数が多い場所で暮らしている。群れた羊たちの緊迫の表情の冒頭から、動物たちが揃いも揃って演技派で、特に猫!猫、少ない登場場面のすべてで記憶に残る演技を披露しており、K-POPアイドルも平伏す表情管理の巧みさだった。
羊ではない“何か”を我が子のように育てるうち(アダちゃん。キモかわ!特に手のあたり、見てはいけない禁忌に触れた感ある造形)、かつて子供を亡くした夫婦に芽生える親心によって、動物の領分に無断で土足で踏み込んでいく人間のエゴが暴走する。最後、え!これで終わり!ここからもうひと展開始まるんじゃないの?って、キングオブコントの厳しい審査員ような感想を抱いたけれど、振り返ってみるとあのエンディングだから親が子供に読んで聞かせるような、オチは弱いが教訓はある民話のような印象が増したのかもしれない。
科学博物館でWHO ARE WE展を観たばかり(このひとつ下の投稿参照)というタイミングもあって、動物の生態に興味はあるけれど動物を飼いたい、ひとつ屋根の下で生活をともにしたい、という欲望が自分にない理由が『LAMB』にあるように思った。人類である私は人類と生活したり交流したりするのは日々の営み、感情の動き、病や衰弱について同類としての相互理解が前提にあるから受容できるけれど、人類とは異なる生物群にはその前提がないことへの怖さを感じてしまう。わからない生物群に対し餌を与えることにより食糧を保障し、生存に最適の温度や環境を整え外敵から身を守る手伝いをするうちに、自然と主従の感情が芽生えてしまいそうで怖い。わからない、怖いと思いながらも生活は続くから、いつか『LAMB』の夫婦のように傲慢な支配欲が制御できなくなりそう…。
私なんぞ布と綿でできた小さなペンギンもふもふ愛でるぐらいが関の山よ、と自分と動物の関わりについて再考する機会がもたらされる、『LAMB』は教訓を含んだ民話的映画なのだった。
<最近のこと>
4回めのコロナワクチン(オミクロン株対応/4連続ファイザー)を10月はじめに接種。木曜に接種券を受け取り、金曜に予約し、土曜の夜に接種するスピード感だった。
副反応は過去3回と同じく接種翌日に38℃前後の発熱と、食欲増進。ふだん発熱時は食欲が減退するけれど、コロナワクチンに限っては食欲が増す。弱々しい自分を想像して準備しておいたゼリー飲料やお粥に目もくれず、朝からラーメン食べたり餃子焼いたりする食べっぷり。身体が混入した異物と闘っている!絶対に負けるもんか!という勢いで食べ、熱が下がるにつれ食欲が落ち着いていく。こんな副反応に最初はびっくりしたけれど、4回目ともなると慣れるものだな。
過去4回で一番、副反応が軽微だったけれど、オミクロン株対応ワクチンだからか、単に慣れただけか判断がつかない。
ワクチン接種も完了したことだし、気をつけながら映画の秋を楽しもう、と東京国際映画祭と東京フィルメックスのチケットを何枚か購入した。東京国際映画祭のチケットシステムが相変わらずの使いづらさでイライラすることまでも、コロナ前の秋を思い出すようで懐かしかった。イライラしたけれど。
Weekly28/草の響き/WHO ARE WE展
ギンレイホール閉館・移転のニュースを読み、あの立地と内装が好きだったので寂しいな、今なら岩波ホールの跡地が開いてるよ…と思った。ここ数年、ギンレイホールで観た映画を振り返ってみると『菊とギロチン』がとりわけ良かった。映画館じゃないと受け止められない長さとエネルギーの映画だった。調べてみると2019年3月のことで、併映は『寝ても覚めても』だった。もはや太古の昔に感じるけれど俳優・東出昌大が世間的にも熱い時期だった。
どんなスキャンダルでも好きな俳優であれば受け入れるかと言えばそうでもなくて、快/不快の基準は人の数だけあって、私の場合、結局は好意と失意のバランスだと思う。他人に対して、こんな人だと信じていたのに!という期待が極めて薄いから、今でも東出昌大は好きな俳優で、新作の報せが届くと公開を楽しみに待つ。
『草の響き』は2021年秋に公開され、映画館で見逃した。配信で観られたので、心身の調子のよい時を選んで観た。
心に変調をきたした男が、東京での編集者生活を引き払い、妻とともに地元・函館に戻ってくる。自律神経失調症と診断され、運動療法として毎日のランニングを始める。少し良くなってまた悪化してを繰り返し治療が長引くうち、妻との関係にも変化が…という静かな物語だった。
妻や両親の発言が、職場であれば即NGになりそうな当たりの強さでひやひやしたけれど、周囲がそうあってほしかった男の姿と病を抱えた現実とのギャップに、治療を支えながらの日常が長引くにつれ、周囲も次第に疲弊していったのだろうと想像した。
体格のいい東出昌大が函館の景色の中をただ走るだけで、じゅうぶんに映画が成立していた。自分をうまくコントロールできないやるせなさもどかしさの表情のバリエーションが無限にある男だった。妻役の奈緒の重みが最後に突然染みてきたのだけれど、序盤から仕草や視線で細やかな表現を積み上げてきたことの、あまりの自然さゆえに気づいていなかっただけだった。
コロナ前に函館に行き、その時は『きみの鳥はうたえる』のロケ地巡りの旅だったけれど、坂のある港町ほど映画の舞台に最適な土地はない、と確信した。冬の夕方に歩きながら、私の視界の大部分は無彩色で、カラフルなネオンが少量混じるだけで北国の情緒を感じてしまうな、と撮った写真です。
『きみの鳥はうたえる』や、この『草の響き』を制作した函館市民映画館シネマアイリスにももちろん行き、映画を観た。
<最近のこと>
国立科学博物館で開催中のWHO ARE WE展へ。会期終了間際に滑り込んだつもりだったけれど、好評により10月10日まで延長された。
https://www.kahaku.go.jp/event/2022/08whoarewe/
哺乳類の剥製と、引き出しが仕込まれた木製の什器が並ぶ展示室内。まず剥製を心ゆくまで眺め、引き出しを開けると、その動物の生態や特徴の説明が現れる。引き出しを眺め、知識やトリビアを獲得した状態でふたたび剥製を眺めると、新たな視点が立ち上がってくる、という展示デザインも仕掛けも凝ったつくり。
さまざまな哺乳類の剥製がずらりと並ぶのを眺めた後、近くの引き出しを開けると、ミニチュアサイズのそれぞれの動物の名前と擬音語で表現された角の形状の解説が。
キュートなオグロプレーリードッグ。引き出しを開けると、巣の断面図の解説。巣の内部はトイレはトイレ、食料庫は食料庫と用途に応じた部屋に分かれており、動線も考え抜かれた機能的な住居だった。
私は骨/骨格標本好きなので、『からだのなかの彫刻』とタイトルをつけられた骨のエリアは入念に観た。
『からだのなかの彫刻』、これほど私の骨フェティシズムを端的に表現した言葉があるだろうか。「機能の塊であるはずの骨。静かに並べると見えてくる美。」と添えてあって、どなたか存じ上げませんが、この言葉を書いた人…骨を愛でながら私とお酒を飲みませんか…?
リスの肩甲骨なんて、もちろん初めて見たけれど、1920年代のルビッチ映画の女たちが纏うイヤリングのような可憐さ。
骨エリアは他に小さめのサルの骨をプラモデルのパーツみたいに全部、平面に並べた引き出しがあった。いつまでも見ていたい美しさで、私は名前を知らないけれど、きっとその骨にも名前があるであろう短い接続パーツ的な小骨に魅了された。写真を撮るか一瞬考え、やめた。過去に経験した「火葬場で骨を拾う」という行為がフラッシュバックして撮影、人道的にどうなんだろうと思ったから。リスの肩甲骨では生じなかった感情なので、サルの骨格全体だったからかもしれない。
他にも開くと、説明要員として小型の剥製が入っている引き出しがあり、文字や模型での説明の引き出しに比べると、あ!生き物!という気持ちが不意に生じてドキドキした。
WHO ARE WEと問われているのは、ヒトも哺乳類の仲間だからで、他の哺乳類にも様々な収集癖はあったとしても、こんなふうに仲間の屍を集め、臓器を取り除き、綿と針金で姿を再現し、並べ、比較し研究したり展示したりするのはきっとヒトだけだ…と想像すると、ずいぶん大上段に構えた尊大な生き物であることよ、という気持ちが芽生えつつも次の瞬間、
カモノハシ、めっちゃ可愛いやん!!!
という興奮も抑えられず、この展示を見なければ生涯味わえなかったかもしれない各種各様の気持ちを味わう機会だった。
美術手帖の記事。写真多数。会場ならではの体験として、照明も音楽も良い。
https://bijutsutecho.com/magazine/news/report/25906
三澤デザイン研究室が展示デザインを手掛けている。インスタグラムに写真多数。
https://www.instagram.com/misawadesigninstitute/
いずれ書籍化されるかもしれないし、 Vol.01哺乳類だからシリーズ化されるのかもしれないけれど、あの場が期間限定なのはあまりにももったいないから、常設にしてほしい。
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