Rules 

・2020年に観た映画のうち「最も印象に残っている映画」を1本選び、紹介してください。

・⾯⽩かった映画、良かった映画だけではなく「意味不明だったけれど、気がつけばあの映画のことばかり考えていた」「不愉快だったけれど、不思議と引っかかるものがあった」、 もしかすると、そんな映画も「印象に残っている映画」かもしれません。

・2020年に観た映画であれば、新作/旧作を問いません。

・映画館に限らずDVD、Netflix等の配信、⾶⾏機の中やテレビ放映で観た映画も対象です。

・映画タイトル、観た場所、そして2020年に撮った映画にまつわる写真を1枚添付し、説明してください。

Writers

維倉みづき(moonbow cinema主宰)
柳下美恵(サイレント映画ピアニスト)
川畑あずさ(グラフィックデザイナー)
翠子(翠文庫)
aya(グラフィックデザイナー)
小栗誠史(古書店勤務)
辻本マリコ(Cinema Studio 28 Tokyo主宰)

維倉みづき

moonbow cinema主宰

Mizuki’s Golden Penguin goes to…

ペイン・アンド・グローリー
(2019)

監督:ペドロ・アルモドバル
観た場所:Bunkamuraル・シネマ/東京/日本

2020年、東京の梅雨は暗く長かった。日照時間が平年の半分以下となり、雨は8月直前まで降り続いた。私には空が、人間から外出する気力を取り上げようとしているように感じられた。梅雨入り前には人為的な外出自粛があった。春、花が咲き若葉が芽吹く公園は閉じられ、映画館・美術館も明かりを消し、私が出かける先は殆どなくなった。

閉じ籠り生活が積み重なる中で、私の心身が自然あるいはプロが生み出す「大量の美」に没入し、日常で使わない感覚を起こす運動を欲していたことを自覚したのが、梅雨の最中に傘をさして映画館まで見に行った『ペイン・アンド・グローリー』鑑賞だった。スペイン出身のペドロ・アルモドバル(1949年生)が脚本・監督を務めた自伝的作品。物語は、主人公である初老の映画監督が過去作品上映会での登壇に向け準備する様子と、彼の幼少期の回想が織り交ざって進んでゆく。私の目の前に、スペインの太陽に煌く川面や街、色とりどりの服装や室内、解説グラフィックなど、私の想像を越えた美が切れ目なく繰り広げられて行き、視覚を入口に全身が覚醒してゆく思いがした。

登場人物たちは、美に助けられつつもがいていた。作品は、美さえあれば万事解決という訳ではないが、美は寄り添ってくれる、ということも示していた。銀幕の大きさと上映時間を掛け合わせた「量」で非日常の美を堪能できる映画館という場所を、改めて有難く思った体験だった。

梅雨の雫と『ペイン・アンド・グローリー』

柳下美恵

サイレント映画ピアニスト

Mie Yanashita’s Golden Penguin goes to…

瀧の白糸
1933)

監督:溝口健二
観た場所:横浜シネマリン/神奈川/日本

2020年は映画館で映画を観ることがなかなか出来なかった。そんな中、サイレント映画を伴奏しながら素晴らしさを再発見したのが『瀧の白糸』でした。大スター、入江たか子が自らのプロダクションを興し社運を賭け、泉鏡花の『義血挟血』を鬼才、溝口健二監督に依頼した名実ともに映画史に輝く傑作です。何度も弾いているのになぜそれほどまでに魅せられたのか…惚れた男のために尽くし、仲間のために振る舞う芸人—白糸の気っ風の良さ、物語のクライマックスで見せる入江たか子の迫真の演技に息を飲み、白糸の表情としぐさが脳裏に焼き付いています。戦後は化け猫女優として名を馳せるも女優を引退するという憂き目にあった入江たか子の輝き…天地は万物の逆旅にして、光陰は百代の過客なり。

鎌倉市川喜多映画記念館は、小津安二郎監督や笠智衆さん、原節子さんら鎌倉の文化人がお座りになっていました。

川畑あずさ

グラフィックデザイナー

Azusa’s Golden Penguin goes to…

ワンダーウォール 劇場版
2020)

監督:前田悠希
観た場所:シネマ尾道/広島/日本

今だから言えることは、自由に身動きが取れる最後のタイミングだったのだろうということ。2020年2月の尾道へ『ワンダーウォール劇場版』ワールドプレミア上映を観に行ってきた。本当であれば映画祭が開催され、様々なイベントが行われるはずだったのだけれど、シネマ尾道が上映してくれたことだけでもかなりラッキーだったと思う。脚本家の渡辺あやさんのトークショーも見られたのだし。

『ワンダーウォール』が描いてみせてくれたのは見えない敵と戦うことの難しさだろうか。この映画はつまり青春を描いているということなのだろうけれど、それだけですませることができなくてどうしても時代を重ねたくなってしまう。あるいはもっといろいろな見立てをすることもできる。観るたびに新しい気付きのある映画なのだ。

緊急事態宣言が発令され、映画を映画館で観ることができない日が続いた。こんな日常が来るとは予想もしていなかった。見えない敵と戦う映画の世界をどこか他人事のように眺めていたけれど、気がつけばまさに、今、私たちが直面している敵はどうにもその姿を見ることが難しい。

「おちょやん」の小暮役ってドレッドじゃんね! と気づいた瞬間、ピョコンっと飛び上がりました。

翠子

翠文庫

Midoriko’s Golden Penguin goes to…

パラサイト 半地下の家族
2019)

監督:ポン・ジュノ
観た場所:ジストシネマ南紀/和歌山/日本

走行距離73㎞、走行時間1時間30分。到着時刻午前9時13分。
お客様、映画開始まであと17分となっております。無料駐車場にはあと1997台余裕がございます。冬の清らかで澄み切った空の下、ゆったりお停めすることができたでしょう。只今、先週ほやほや世界最高峰のあかでみい賞に輝き、世界中の人が今この瞬間もこぞって興奮し観ております『パラサイト 半地下の家族』を上映中です。紀伊半島南部での上映はあかでみい賞に強い当館のみでございます。
お客様、映画開始まであと5分となっております。座席はあと183席余裕がございます。どうぞゆったりお寛ぎお楽しみくださいませ。
ド、ド、ドリフの大爆笑、種も仕掛けもたっぷりございます、しっかりとハンドル握ってアハ体験、はい息を吸ってえ、ダンスィングタイム!
お客様、ご満足いただけましたでしょうか。そうですか、興奮なさいましたか。それはそれはようございました。お知らせいたします。只今、先週ほやほや世界最高峰のあかでみい賞に輝き、世界中の人が今この瞬間もこぞって興奮し観ております『パラサイト 半地下の家族』を上映中です。紀伊半島南部での上映はあかでみい賞に強い当館のみでございます。2度、3度と繰り返し観ることでまた違った味わいを感じられる映画となっております。本州最南端の海と山に囲まれた大型映画館でゆったりご鑑賞することができます。ご家族、ご友人お誘いあわせの上、繰り返しご来場くださいませ。

山の上での暮らしももう5年が経とうとしていますが、県内の映画館に行くのはこれで2度目。大型映画館がすっかり遠のいてしまいました。代わりに(?)自主上映会のスタッフになり、映画にかつての賑わいを、と試行錯誤を始めた2020年。2021年も引き続きがんばります。写真は、観た帰りに寄った昔ながらのファミリーレストラン「アイアン」。看板はフライパンを持ったうさぎのマーク。アイアンはゴルフのアイアンらしい。

aya

グラフィックデザイナー

aya’s Golden Penguin goes to…

はちどり
2018)

監督:キム・ボラ
観た場所:ユーロスペース/東京/日本

2020年は4月5月に映画館と美術館が閉まってしまい、映画館と美術館のない東京は私にはなんの価値もなく、とてもつらい気持ちになった。私にとっての都市の意味は、毎日違うスクリーンを選べることであり、毎週末違う美術館に行けることであり、気が向けばライブだって舞台だって選び放題であることだった。日の長い季節に綺麗な夕日を外で見ても全然足りなかった。

私の生活に映画館が帰ってきたのは6月20日、渋谷で見た『はちどり』だった。映画全体のテーマとある人物が語りかける言葉、それはまるで“映画”というものが観る人間に与えるきらめきそのものを捉えたような言葉だった。そして世界と映画が私の人生に帰ってきた。

映画館が閉まっていたせいで見た本数は少ないのに、2020年は『はちどり』以外にも、女性監督作品を映画館で多数見ており、数年分の手帳を開いて数えると毎年毎年女性主人公・女性監督作品を見る量が増えていた。

私が初めて見た単館映画は2000年日本公開のソフィア・コッポラ『ヴァージン・スーサイズ』だったので、タイトル通り主人公の少女たちは死んでしまう。今年見た女性主人公は生き延びるし連帯するし、賢くなったり強くなったりムスッとしており、20年弱の間に世界が変わったと実感した。

世界の変化はまだまだ足りないけれど、生き延びて、良い映画を山ほど見たいと思う。

また映画館が閉じたら困ると思い、4日後に『はちどり』をおかわりしました。

小栗誠史

 
古書店勤務

Mr. Oguri’s Golden Penguin goes to…

ルパン三世 カリオストロの城
1979)

監督:宮崎駿
観た場所:自宅のテレビ、『金曜ロードショー』にて/東京/日本

2020年の11月、『金曜ロードショー』で17回目(Wikiより)となるカリオストロが放送された。これまでセリフをすべて覚えてしまうくらい観てきたわけだけれど、テレビ放送で観るという行為には意外にもスペシャル感があった。

今ほど映画を観る方法が多様化している時代もないだろう。観たいときに観たい場所で観たい作品を自由に観ることができる時代にあって、テレビ放送で観る意味はひとつしかない。然るべき時間にテレビの前に座りチャンネルを合わせるという行為は儀式であり、放送は祝祭そのものなのだ。

Netflixが全盛の今、友達と連れだって映画館に足を運ぶ中高生が増えているという話を何かで読んだか聞いたかしたことがある。それが『金曜ロードショー』と同じスペシャル感を得るためだとするならば、人は本能的に映画館を必要としているということなのかもしれない。

繰り返し観ることができたのはレーザー・ディスクを買ってもらったからで、自分から欲しいと思った最初の映画ソフトでもある。裏返さなければならないのが面倒でビデオにダビングして観ていたけれど。

辻本マリコ

Cinema Studio 28 Tokyo主宰

Mariko’s Golden Penguin goes to…

スパイの妻
2018)

監督:黒沢清
観た場所:シネスイッチ銀座/東京/日本

1930~40年代の映画が好きだけれど、女性の人生があまりに窮屈そうで胸が痛む。『スパイの妻』はそんなジレンマを解消する会心の一本で、美しく再現された1940年代のセットを立ち回るヒロインは溌剌とした、時代を無視したようなモダーンさで観ていてストレスがなかった。

映画を観ると、まず映像に圧倒され、物語や言葉は後にゆっくりに立ち上がる傾向にあり、この映画を観終わった夜も同じく、映像刺激から黒沢清作品を観た興奮に満たされたけれど、やがてなんと濱口竜介監督らしい脚本だったのだろう、と別の感慨が訪れた。

私の思う濱口作品に通底する主題、それは「あなたは私ですか?」「いいえ、違います」ということだけれど、その主題は『スパイの妻』にも現れ、夫婦を一心同体と捉える妻と、「いいえ、違います」を貫く夫との、一進一退の攻防のような、抜き差しならない緊張感が物語に満ちていた。

緊急事態宣言下、他者との関わりが極端に減り、限られたごく近しい他者との関わりだけが世界の全てとなった。ウィルスが突然もたらした変化に戸惑いながらも、人間関係において、このような静けさを自分はずっと待ち望んでいた、そんな清々しさも同時に味わっていた。

親密であるはずの関係性に潜む緊張感。あなたと私の埋められない距離。『スパイの妻』が私の2020年の1本になったのは、2020年だからこそ、なのかもしれない。

予期せぬことは起こりうるし、街の風景も移ろうもの、いつだって期間限定、と思い知らされた2020年。TOKYO2020のフラッグが空しくはためく街をマスク姿で歩くことや、墨を飲むような気分の連続だって期間限定、いつか終わる。シネスイッチ銀座のレトロさは『スパイの妻』の世界観にぴったりだなぁ…と写真を撮りながら、この風景も永遠じゃない、今この瞬間だけ、と強く思いました。どこにも行けないとしても、2021年の東京を存分に味わって過ごしたいです。