Rules 

・2022年に観た映画のうち「最も印象に残っている映画」を1本選び、紹介してください。

・⾯⽩かった映画、良かった映画だけではなく「意味不明だったけれど、気がつけばあの映画のことばかり考えていた」「不愉快だったけれど、不思議と引っかかるものがあった」、 もしかすると、そんな映画も「印象に残っている映画」かもしれません。

・2022年に観た映画であれば、新作/旧作を問いません。

・映画館に限らずDVD、Netflix等の配信、⾶⾏機の中やテレビ放映で観た映画も対象です。

・映画タイトル、観た場所、そして2022年に撮った映画にまつわる写真を1枚添付し、説明してください。

Writers

aya(グラフィックデザイナー)
翠子(翠文庫)
維倉みづき(moonbow cinema主宰)
小栗誠史(文筆業)
辻本マリコ(Cinema Studio 28 Tokyo主宰)

aya

グラフィックデザイナー

aya’s Golden Penguin goes to…

金の糸
2019)

監督:ラナ・ゴゴベリゼ
観た場所:岩波ホール/東京/日本

2022年2月24日に、ロシアによるウクライナ侵攻が起こり、2023年へ年を越しても終わる気配が見えない。2月・3月は、目の前で突然起きてしまった武力侵攻と、独裁政権の引き起こす大変な殺害を、民主主義側が止められなかったことにショックを受けていた。日本での報道は減っているけれど、心の底の恐ろしさは消えていない。

もう無くなってしまうことが決まっていた岩波ホールで、『金の糸』を見た。91歳の女性監督が撮った、元ソヴィエト連邦下であったジョージア(グルジア)に住む老作家が主人公の映画。主人公エレネは、ソ連時代に著作が検閲され、作家人生が傷つけられている。

ラナ・ゴゴベリゼ監督自身のお父様は1937年に処刑され、お母様も10年の流刑にあっている。言論弾圧や処刑が過去のことではなく、すべて地続きに感じる2022年。

『金の糸』は、監督が91歳だからと何かを差し引く必要のない素晴らしい作品で、女性監督が、ご自身が歳を重ねて書いた脚本に胸をうたれ、作品は美しく、しかし歴史とも切り離されず、こんなふうに生きていけばいいのかと本当に大事に思える作品だった。

岩波ホールと無数の書店、自由な本、どんな人がどんな本を読んでいてもいい神保町。2022年を思う時に、ラナ・ゴゴベリゼ監督の『金の糸』のことをずっと思い出すだろう。

岩波ホールは「知らない国」のことを、たくさん教えてくれた映画館。知らない国のことを知ると、世界の広さを感じられ、嬉しくなる。

翠子

翠文庫

Midoriko’s Golden Penguin goes to…

スウィング・キッズ
2018)

監督:カン・ヒョンチョル
観た場所:Netflixにて/和歌山/日本

4時起床。すでに猛暑日の気配。トマトは枝を伸ばすだけのばし、巨大な蜘蛛のミイラのようになり畑を覆いつくしている。弁当を作り終え、新聞を読む。ウクライナでまた悲しいニュース。「ロシア軍の無差別攻撃はやむ気配がない」とのこと。今日も私は無力だと思い知らされるニュースばかり。

泳ぎにいく約束など特になし。
午前中は自由時間と決め、涼しいうちに映画を観ることにする。ここは昼から一気に暑くなる。西陽が口裂け女のごとく口角をぐわんと引き上げ両手を広げて燃やしにかかってくるかのよう。
「シークレット映画祭」(Nさんがおすすめしてきたものを観るという決まり)、観客は私一人。
本日は、巨済島の捕虜収容所の話らしい。のっけから面白い。無花果を齧る。コサックダンスをやってみる。歌おうが踊ろうが自由である。英雄とされた主人公の兄は知的障害があるのかもしれない。主人公と兄が二人にしかわからない遊びをするところで涙が出た。

嫌な予感がしてからが早かった。
嗚咽も落ち着き立ち上がると、隣りの和尚と和尚の奥さんが掃き掃除をしているのが見える。言葉を交わすこともなくそれぞれの仕事をこなしている。和尚は今日もピンクのシャツ、奥さんはピンクのノースリーブの服を着ている。
私は無力な上に無知だ。けれど、彼らと一緒に踊ることならできたかもしれない。
デヴィッド・ボウイの曲をかけ「ファッキン、イデオロギー」と叫んだ。

山の上の集落で私が密かに映画の師と仰いでいる人がいる。家の倉庫には大量のビデオテープにDVDがあり、彼の頭の中にはかつてこの近くにあった映画館についても鮮明に記録されている。
そんな彼は時々、「インスタグラム載せたら、インスタ映えするから写真撮りに来んか」とネタを提供してくれる。
この日のネタは、自宅で飼っている鰻とモクズ蟹、椎茸栽培の様子であった。
“古道歩きと鰻”ツアー、こりゃええで、ととても嬉しそうに話していた。

維倉みづき

moonbow cinema主宰

Mizuki’s Golden Penguin goes to…

別れる決心
(2022)

監督:パク・チャヌク
観た場所:越南の映画館

ラストシーンの映像と音響に心奪われ、映画館に3度通った作品。劇場公開が続いていたら回数を重ねていただろう。鑑賞したタイミングは異国に暮らしてまもなく2年という時で、故郷に似た情景に懐かしさを覚えたこともある。しかし何よりパク・ヘイルとタン・ウェイ演じる人物の行動がラストシーンまで驚きに満ちていて、感情をかき乱された。

3度目の鑑賞から半年経つが、タイトル『別れる決心』(英語タイトル:Decision to Leave)が指す場面、そして私の人生で登場した場面について度々考える。決心しなければ別れられない関係性とは。そもそも「別れる」とは、どんな状態になることを言うのだろうか。別れる相手は人間だけだろうか。別れを決心して実行できる人間の条件とは。

本作には、スマートフォンやスマートウォッチ、YouTuberと言った多くの「今」の要素が登場する。今日この瞬間に起こっているかもしれない物語だからこそ、物語の辿り着くラストシーンが胸に深く刺さるのだろう。そして将来、日常生活で用いる技術やメディアが変化しても、人間が誰か・何かと別れる決心をする行動は存在し続け、私は度々ラストシーンまで本作を鑑賞するのだろう。

劇場公開初日に鑑賞した際の半券

小栗誠史

 
文筆業

Mr. Oguri’s Golden Penguin goes to…

彼女のいない部屋
2021)

監督:マチュー・アマルリック
観た場所:Bunkamuraル・シネマ/東京/日本

『彼女のいない部屋』を観てみようと思ったのは、監督がマチュー・アマルリックだったから。アルノー・デプレシャンの『そして僕は恋をする』で主人公のポールを演じていたマチュー。デプレシャンの描いたパリに暮らす若者たちの群像劇と、少しもドラマチックではないポールの日常にまいってしまい、映画館で観てからもVHSを繰り返しレンタルした。それから四半世紀、マチューが映画を撮っているということも、最近では例えばウェス・アンダーソン作品の常連であるということも知らなかったようなぼくには、振り向きざまに横っ面を張られたような衝撃があった。

製作に際し、マチューは様々な映画や小説などを自らの内に取り込んだ。その中にはフランスの現代美術家、ソフィ・カルの作品群もあった。なるほど、それはマチューが描こうとしたことを理解するうえで手がかりになるかもしれない。原美術館でソフィ・カルの「限局性激痛」という作品を観たことがある。失恋した体験をもとに、誰かの「最も苦しかった話」に耳を傾けることで彼女自身の痛みが治癒されていく様が描かれた。カルの痛みが癒されていく一方で、誰かの苦しみとのコントラストは強くなっていき、これらのナラティブには行き先があるのだろうかと、そんなことを考えた。

痛みや苦しみはどこからやってきてどこへ行くのか。彼女のいない部屋には、スーパーリアリズムの画家、ロバート・ベクトルのポスターが貼られていた。

『そして僕は恋をする』のパンフレットでアルノーについて話すマチュー。そのプロフィールにある初出演した映画『La favoris de la lune』が2月に開催される〈オタール・イオセリアーニ映画祭〉で公開されるようでこちらも楽しみ。

辻本マリコ

Cinema Studio 28 Tokyo主宰

Mariko’s Golden Penguin goes to…

エドワード・ヤンの恋愛時代
1994)

監督:エドワード・ヤン
観た場所:TOHOシネマズ日比谷(東京国際映画祭にて上映)/東京/日本

『エドワード・ヤンの恋愛時代』の日本初上映は1994年、京都で開催された東京国際映画祭で、原題『獨立時代』を観るために10代の私はその会場にいた。

同時代の映画を自ら選んで観ることを始めたばかりの頃で、親の趣味でクラシック映画ばかり浴びて育った私のモノクロの視界が一気にカラーになった。

チラシを広げタイトル、写真、数行のあらすじで博打気分で映画を選ぶ。評判も監督の名前も知らないけれど、選択眼に根拠のない自信があった。「面白い」も「つまらない」も自分の感情だから、直感に従えばきっと好きな映画に出会えるだろう。

恋に仕事に揺れる登場人物をどこか憧れの大人として見つめ、軽妙洒脱な群像劇を楽しんだ。
上映後、監督が登壇した。

それから28年が過ぎ、東京で再会した映画はまるで違う顔をしていた。

伝統的価値観から脱皮し経済成長を遂げる台北を舞台に、古くから中国人が重んじる「情」の体現者として周りが期待する役割を担ってきた主人公に自我が芽生え、身一つになりながら自立してゆく。

「獨立(独立)」の物語の厚みを、かつては若すぎて解っていなかった。

けれど街が写っていること、女性が身一つになりながら自立する過程が描かれることは、いくつも映画を観た私の、好きな映画の要件だった。ずいぶん早くから、好きな映画をただ直感で引き当てていたのだ。

スクリーンから台北の青い光を浴びながら、映画と自分をまるごと抱きしめた。胸が震えた。

1994年の上映時に配られた『獨立時代』のプレスシートと、翌年『エドワード・ヤンの恋愛時代』として公開された時のチラシ。国内外どこに引越しても、いつも手元にあって、気がつけば宝物になっている。