Rules 

2023年に観た映画のうち、「最も印象に残っている映画」を1本選び、紹介してください。

⾯⽩かった映画、良かった映画だけではなく、「意味不明だったけれど、気がつけばあの映画のことばかり考えていた」「不愉快だったけれど、不思議と引っかかるものがあった」、 もしかすると、そんな映画も「印象に残っている映画」かもしれません。

2023年に観た映画であれば、新作/旧作を問いません。

映画館に限らず、DVD、Netflix等の配信、⾶⾏機の中やテレビ放映で観た映画も対象です。

映画タイトル、観た場所、そして2023年に撮った映画にまつわる写真を1枚添付し、説明してください。

From all that you watched in 2023, select and introduce a film that left the deepest Impression on you.

Not necessarily the best or most interesting movie, it might be something you didn’t get but kept thinking about or maybe even felt disgusted by but strangely couldn’t shake from your mind.

Not only new releases but older films are also eligible so long as you watched it in 2023.

You need not have watched the film in a movie theater. Streaming on Netflix or other online platforms, or TV, DVD, even In-Flight movies are all acceptable.

Provide a short write up with the Movie Title, Where/How you watched it, why you picked this film in particular and finally choose a cinema-related photo that you took in 2023 and share the reason for your choice.

Writers

小栗誠史(会社員・広報担当)
翠子(翠文庫)
柳下美恵 (ピアニスト)
維倉みづき (moonbow cinema主宰)
Tosh Berman (Writer)
aya (グラフィックデザイナー)
Francesco (Wine shop staff)
辻本マリコ (Cinema Studio 28 Tokyo主宰)

小栗誠史

 
会社員・広報担当

Mr. Oguri’s Golden Penguin goes to…

さよなら、私のロンリー
2020)

監督:ミランダ・ジュライ
観た場所:銀座メゾンエルメス ル・ステュディオ/東京/日本

2020年に制作されたミランダ・ジュライの『さよなら、私のロンリー』は、10年振りの長編作品。しかしコロナ禍で北米では公開が延期、日本では劇場公開されることなく2021年9月に配信がスタート。そのうちどこかで、そう気楽に構えていたけれど劇場で上映されることはなく2年が過ぎた。だからエルメスの〈ル・ステュディオ〉が上映すると知った時、小躍りしたのだ。

ミランダ・ジュライが新作で描いていたのは家族、それもとびきり素っ頓狂な家族だった。映画でも小説でもノンフィクションでも、これまでずっと社会の片隅で生きる人々を見つめてきたミランダ・ジュライだから、もちろん一筋縄でいくわけがないのだ。奇天烈でストレンジで理解不能、でもどこか憎めない(彼女がインスタグラムにポストするダンスみたいに)。

彼らは決して善良とは言えないのかもしれないけれど、観終わる頃にはみんなこの奇妙な家族に好意を持ってしまい、あたたかい気持ちで満たされているという魔法。主人公はあらかじめ何もかも奪われているというのに、少しも運命的な重たさを感じさせない。しかし彼女が自己を再生した瞬間の感動は、コメディ的な描かれ方だからこそ際立ってしまう哀しさにある。そのバランス感覚が素晴らしい。そして不器用な人間を突き放すようでいてしっかり全力で抱きしめている、その優しさが心地良い。

スクリーンで観られて本当に良かった。
メルシー・ボクー、エルメス!

淡いトーンの色使いも魅力。印刷物にするとスーパーリアリズムの絵画みたい。画像はエルメスのフライヤー。

翠子

翠文庫

Midoriko’s Golden Penguin goes to…

aftersun/アフターサン
2022)

監督:シャーロット・ウェルズ
観た場所:ANA SKY CHANNEL/太平洋上空

離陸直前、つい市営バスで青谷一丁目まで行くくらいの身軽さで隣りの隣りの席に男が乗り込んだ。旅慣れた風の男はフライングホヌが水平飛行を始めるいなやパソコンを開き、
「心と身体のポートフォリオ2023年報告書」とやらをペチペチと打ち込んでいる。
トイレから戻った後はパソコンを閉じ、「よくわかる祝詞読本」という本を確かめるように読んでいた。

液晶モニターをタップする。15年ぶりの飛行機はエンターテイナーになっており、ここぞとばかりに観まくるぞと気合いのようなものを入れる。

この数日間の余韻に浸りつつ選んだ映画の中も夏休みで、海は悲しい色をしていた。

ハワイでは大人8人、子ども2人で“ユルト”と呼ばれる小屋に滞在し、修行のような日々を過ごした。
帰国前日に父から
「大丈夫、楽しんでますか?」
のメッセージと着信があった。部屋の隅でかけ直し、気丈に2分ほど話して切った後、友人たちに気づかれぬよう泣いた。気づかれたけど。

何を見せられたのだと混乱する。するすると溢れ出る涙も人ごとのよう。隣りの隣りの男がちらりとこちらを見る。
これはカラムとソフィの物語なのに。
11歳の真っ黒に日焼けした私は生意気だった。
本当はわかっていたのだと思う。いや、わかっていた。
「大丈夫、楽しんでますか?」
私は私で泣いた。

東京から和歌山までは夜行バスで帰った。
間もなく到着とのアナウンスが聞こえ、カーテンをめくると父の水色の車が見えた。

1950年建築で廃墟となり蔦に覆われていた映画館を、芸術家林夫妻(自慢の友人!)が復活させた『田並劇場』での朝のひとコマ。午後からのイベントに備えてのお試し上映を贅沢にも貸し切り状態で観入っている小さなお客さま。
月2回ほどの上映会、音楽ライブに人形劇などなど、陸の孤島と呼ばれるここ紀南地方ではなかなか触れることのできない文化に出会える貴重な施設。なんといってもこの林一家が魅力的なのです。和歌山にお越しの際はぜひ。

柳下美恵

ピアニスト

Mie Yanashita’s Golden Penguin goes to…

花嫁人形
1919)

監督:エルンスト・ルビッチ
観た場所:シネマジャック&ベティ/横浜/神奈川/日本

名匠エルンスト・ルビッチのファンタジー『花嫁人形』は、冒頭に監督自らミニチュアの家を組み立て、人形を入れるシーンから始まり、人形がホンモノの人間に変わる可愛いストーリー。偽人形に扮したオッジの表情と仕草が可笑しくて何度も吹き出してしまいます。

鎌倉に引越して6年半、観客、仕事ともに横浜が拠点になり、ジャック&ベティでゴールデン・ウィークにピアノ&シネマ(ピアノ伴奏付きサイレント映画特集)をトーク付きで毎年開催、その中でルビッチラブの辻本マリコさんに『花嫁人形』をお願いしました。

2022年に続き、各地のミニシアターは苦難の年でした。名演小劇場、名古屋シネマテーク閉館。シネヌーヴォ、シネマ尾道のクラウドファンディングーそして71年の歴史を持つ老舗映画館、シネマ・ジャック&ベティの大型クラウドファンディング(〜2024年1月末)。

女性は男性に従順と言うステレオタイプな描かれ方が主流の時代、ルビッチはオシャレで自立した女性を描くので大好きと言うマリコさんに“全く同感”の作品。誕生して100年を超える映画、ライブだった時代のサイレント映画をピアノを常設して上映してくれる懐の深い映画館が存続出来ますように…。

『花嫁人形』上映後の、トークの様子。

維倉みづき

moonbow cinema主宰

Mizuki’s Golden Penguin goes to…

コンパートメント No.6
(2021)

監督:ユホ・クオスマネン
観た場所:新宿シネマカリテ/東京/日本

車窓から過ぎゆく景色を眺めながら、線路を走る振動に全身を委ねる長距離列車の旅。一旦停車すると、未知の土地にいることを自覚し、新たな同乗者が自分の近くに来るのか、それはどんな人物なのか、やや緊張しながら足音に耳を澄ませる。

『コンパートメント No.6』は2021年フィンランド、ロシア、エストニア、ドイツ合作の長編映画。物語はモスクワで始まり、寝台列車の旅を経て世界最北端の駅で終わる。2023年の日本劇場公開時には日本からは実現困難な旅路。世界の変容に哀しさを覚えるが、作品には列車の旅の醍醐味が詰まっており、暫く遠ざかっていた旅に出ようと、背中を押してくれる作品でもある。

映画館ロビーに貼られていた本作ポスターの鉄道ルート部分。

Tosh Berman

Writer

Tosh’s Golden Penguin goes to…
ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地
Jeanne Dielman, 23, quai du commerce, 1080 Bruxelles

(1975)

Director: Chantal Akerman
At: Criterion

A film that I first watched in 2023 that impressed me is Chantal Akerman’s “Jeanne Dielman, 23 quai du Commerce, 1080 Bruxelles.” Why I haven’t seen this film since it was released in 1975 is a mystery to me. It is also a film that is not screened in theaters that much, so I saw this work twice on Criterion.

A meditative slowness but an intense viewing of a woman slowly losing her sanity. But who wouldn’t have, with such a life of a daily grind. It is a remarkable performance by Delphine Seyrig that has a Noh theater sensibility of minimal actions, but when you add it up, it means everything in the world. A day doesn’t go by when I don’t think of Jeanne Dielman. Chantal Akerman is a great artist.

監督:シャンタル・アケルマン
観た場所:クライテリオン(ストリーミング・サービス)/アメリカ

2023年に初めて観た映画で、シャンタル・アケルマン監督『ジャンヌ・ディエルマンブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』が印象的だった。1975年の映画なのに、どうしてこれまで観たことがなかったのか不思議に思っている。映画館で頻繁にかかる映画ではないこともあって、Criterionで2回観た。

ある女性がゆっくりと正気を失っていくさまが、瞑想のようにゆっくりと、しかし強烈な光景として描かれる。けれども日々が同じことの繰り返しだなんて、誰にでもあること。デルフィーヌ・セイリグは目覚ましい演技で、能楽のように繊細でミニマムな動きだけれど、積み重なると、世界のすべてを意味するんだ。ジャンヌ・ディエルマンのことを考えない日はなかった。シャンタル・アケルマン監督は素晴らしいアーティストだと思う。

The photo is a production shot of me being interviewed by Nick Ebeling regarding the writing of our screenplay of “TOSH: Growing Up In Wallace Berman’s World,” based on the memoir I wrote a few years ago.

制作現場でのショット。しばらく前に書いた回顧録『TOSH:Growing Up In Wallace Berman’s World』の映画化にあたって、脚本執筆についてニック・エベリングからインタビューを受けているところ。

aya

グラフィックデザイナー

aya’s Golden Penguin goes to…

ザ・ホエール
2022)

監督:ダーレン・アロノフスキー
観た場所:TOHOシネマズシャンテ・109シネマズ二子玉川/東京/日本

2023年は親子の映画がとても多様で、面白い作品が多かった。
アカデミー作品賞をとった『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』を始め、『ガール・ピクチャー』や『フェイブルマンズ』、リメイク版の『生きる』、『The Son/息子』『aftersun/アフターサン』『ソウルに帰る』、邦画では『エゴイスト』『君たちはどう生きるか』も母親と息子の映画であるなど、ファミリーの映画は毎年こんなに良い作品ばかりだったっけ?と数えながら過ごした。

それぞれの作品も、クィアな登場人物が中心であったり、母親や父親の献身の物語ではなく、頑張りきれない母親や、迷う父親、親子関係とは何かを考えている人物の映画が多く、異性愛と分かりやすい優しさだけに囚われない関係性が描かれていた。

その中で『ザ・ホエール』は、劇場でも配信でも見たのに何故自分がこんなに気に入っているのかがまだ分からない映画だ。
父親は不健康なほど太っており、娘は辛辣すぎる。看護師である女性も出てくるが、ただ献身的なだけではない。
身体は思う通りに動かず、自尊心は危うい。
けれども、狭い部屋から200年前の文学を読み解く豊かさと、過去の確かな愛の存在がある。
辛辣さは性格の悪さではなく、彼女だけの視線と視点の表れである。

限られた場所と限られた数人だけの会話劇から、悲しみと幸福、思考と身体、まだ言語化できない何かを考え続けることができる。

恵比寿で映画『ガール・ピクチャー』を見て泣いていたところに風雲たけし城のイベントが始まって余韻が吹き飛んでしまい、また見直したいのに配信が始まりません。でも『首』が面白かったので許しました。

Francesco

Wine shop staff

Francesco’s Golden Penguin goes to…
ペルソナ
Personna

(1966)

Director:Ingmar Bergman
At:Christine21/Paris/France

So,the movie (I think the only movie I’ve watched in a movie theatre in 2023) is Persona.

I’ve watched it at the Christine 21, the old Action Christine in the 6th arrondissement in Paris, one of the oldest and the most prestigious cinema hall in Paris. Their selection of classical movies is absolutely amazing.

I’ve watched Persona with some friends. For me it was, more or less the 100th time, but I have appreciated it more than ever. I think this movie is a deep reflection about the art of Bergman himself, the paradoxes of cinema and its relationship with other arts.

Some of my friends watched the movie for the first time. They didn’t know Bergman and they were, of course, quite shocked. But they couldn’t say that it was quite expected, since the previous time I surprised them showing them Beware of the holy whore of Rainer Werner Fassbinder. If they couldn’t stand the Fassbinder’s movie, they appreciated the Bergman one.

They interpreted the movie in a psychological way: some of them agreed with the patient, some other with the nurse. I think that every opinion is possible, as much as it’s possible the lecture that haves given many critics, among them the famous Italian writer Alberto Moravia, who link Persona to the philosophy of Soren Kierkegaard. As far as I’m concerned, the movie is definitely a metacinematographic work (just as Beware of the holy whore, as a matter of facts…), which explains the images in the beginning, many dialogues and the final scene too, where we can clearly see the camera and the chair of Mr. Bergman himself.

Anyway, the greatness of the movie remains in the fact that everybody can give it a personal opinion, and everyone of them can contain a part of truth. Me and my friends talked a lot about the movie drinking bloodymaries and manhattans at the Fumoir, a wonderful Parisian brasserie just in front of the Musée du Louvre.

監督:イングマール・ベルイマン
観た場所:Christine21/パリ/フランス

印象的だった映画は『ペルソナ』。2023年に映画館で観た唯一の映画でもある。

6区にある、パリで最も古く権威ある映画館のひとつであるChristine21で観た。クラシック映画のセレクションが本当に素晴らしいんだ。

僕にとっては100回目ぐらいの『ペルソナ』鑑賞だけれど、これまでのどの鑑賞よりこの映画を理解したように思う。ベルイマン自身の芸術性や、映画のパラドクス、映画とその他の芸術との関係が深く反映された1本だと思う。

友達何人かと一緒に観た。『ペルソナ』が初めての人もいて、ベルイマンのことを知らなかったから、強く衝撃を受けたみたい。その前にも僕はライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの『聖なるパン助に注意』を彼らに見せて驚かせていたから、期待通りだったとも言えないかもしれない。ファスビンダーの映画には耐えられなかったとしても、ベルイマンの映画は十分に理解したらしい。

友達は『ペルソナ』を心理学的に解釈した。患者に同意する人もいれば、看護師に同意する人もいた。イタリアの著名作家アルベルト・モラヴィアがこの映画と哲学者ソーレン・キェルケゴールの思想を結び付けて批評したように、あらゆる意見が生じ得ると思っている。

僕自身は『ペルソナ』はファスビンダー『聖なるパン助に注意』と同じくメタシネマトグラフィックな作品だと考えている。まずイメージがあり、たくさんの会話がある。ラストシーンもカメラとベルイマン自身の椅子がはっきりと映し出されている。

とにかく、誰もが『ペルソナ』についてパーソナルな意見を持つことができ、どの意見もが真実を内包しているのが『ペルソナ』の偉大なところ。

僕と友達はルーヴル美術館のすぐ前にある素晴らしいブラッスリーLe Fumoirで、ブラッディマリーやマンハッタンを飲みながら、おおいに『ペルソナ』について語り合ったよ。

The Ingmar Bergman Archives

『イングマール・ベルイマン アーカイヴス』という本

辻本マリコ

Cinema Studio 28 Tokyo主宰

Mariko’s Golden Penguin goes to…

別れる決心
2022)

監督:パク・チャヌク
観た場所:TOHOシネマズ日本橋/東京/日本

2023年を振り返ると、映画は当然に社会を反映するから多様な関係性を描いたり、歴史を時間が経過したいま総括するような、現代の課題への視点を映画の形で表現したものが多く、賛否両論の否を周到に想定して回避しつつ自分の意見も伝える、そのスタンスは私の「映画以外の生活」で求められるものだから、学びがある!と思うけれど、現実を忘れて物語に浸る喜びからは遠ざかった。映画館にいるのに、仕事の続きをしているような気分になる。

『別れる決心』は例外の1本として印象に残っている。

中国と韓国、国籍や母国語、職業も身分も異なる男女が、刑事と容疑者の関係で出会う。不法入国、移民、愛のない結婚など鋭く社会に斬り込める要素は提示されるものの、すべてを遠くに放り投げ、ただただ「あなたと私」の物語が展開してゆく。

特別な感情が芽生える瀬戸際の男女の攻防。すれ違い交差する視線。外国語での会話特有のもどかしさ。些細な仕草や言葉が意味を持ってしまって頭から離れなくなること。iPhoneやApple Watch、翻訳アプリが小道具として機能するモダンさがありながら、古い映画でいつか観たような、クラシカルで優雅なよろめきもあった。

極上のロマンティック。気持ちよかった。これほど艶っぽいメロドラマ、久しぶりに観た。恋愛映画への興味が薄く、我ながら意外だったけれど、2023年の日常から数時間離れて陶酔した。

京都みなみ会館が閉館した2023年。自分の何割かが作られた場所がなくなる寂しさはあるけれど、最終日までみなみ会館らしいプログラミングで上映を続ける以外に何かを語りすぎることなく、SNSやサイトも跡形なく消してしまうなんて、近年稀にみる粋な去り際、かっこよかったです。