翠子
2019年 春
ちょうど満月と重なった春分の日、私は海辺の町を訪れていた。
目に映るものすべてが私の好奇の的となり、小躍りしながら歩く。
海辺の植物は、大きく厚みがある。
優雅に悠然と風に揺れる様には、覚悟のようなものさえ感じる。
のっぺりと凪いでいる海を前に、一人冒険心に満ち溢れていたら、
この海辺の町が生まれ故郷である友人が、
「ここから南の国に移民として渡った人たちのことを思い出した。
この町の夕日、南の国の夕日、自分の故郷。」
そんなことをぽつり、ぽつりと言った。
私は知らなかった。
100年以上も昔、
ここから、遥か遠くの言葉の通じぬ島に渡った人たちがいたことを。
過去への入り口なんて、きっと針穴くらいの大きさの渦巻みたいな形をしていて、
大抵気づかずに通り過ぎていく。
なんとなしに、けれど何かひっかかるものがあって、
ぶうらり漂い歩いていたらすうっと引き込まれてしまった、
そんなものなのかもしれない。
友人には一体何が見えていたのだろう。
海辺の町のことが頭から離れない。
黄色のシャツ、緑の車、まさにひまわりみたいな笑顔と
『約束は海を越えて』という副題に飛びついて借りた『タクシー運転手』。
海は出てこない。
ぽよんぽよんと陽気な電子音でアレンジされた歌謡曲を
気分上々酔いしれ歌うタクシー運転手は、男やもめ。
11歳の娘とソウルで二人暮らしをしている。家賃は4ヶ月も滞納。
金がない、金が欲しい、金に卑しい。
せこいわ、すぐにいちゃもんつけるわ、
なんというか、ちっさい人間、なのである。
旨い飯をむさぼり喰っていたら、聞こえてきた旨い話。
こそこそしめしめと横取り、英語もろくにわからないくせに、
ドイツ人記者ピーターを乗せて光州へ向かうことになる。
娘と自分が平穏に暮らせたらそれでいいと、日々を生きているタクシー運転手は、
人のことましてや政治のことになんて興味がなく、
当然、光州で何が起きているのかなんて知らない。
得意のお調子もん節で、なんとか検閲を抜け辿り着いた光州は、
空気が澱み、町らしい生気がまるでない。
人の集まる場所は戦場と化し、惨劇が繰り広げられていた。
1980年、光州事件である。
通訳としてする同行することになった大学生、光州のタクシー運転手仲間、
我が身を危険にさらしてまで取材を続けるピーターを通し、
彼にも“真実の”光州の姿が見えてくる。
目の前で、ついさっきおにぎりをくれた女の人が血を流している。
運転手仲間の家で一晩過ごすことになったタクシー運転手たちは、
ようやっと、湯気立つご飯を前にほっとする。
けれど、それもほんの束の間。
再び、顔を覆い耳を塞ぎたくなるのを堪える。
頭上から後ろから、音が鋭い雹のように落ちてくる。
みぞおちからくうっと奥に突き刺さる。
これが、隣の国の歴史なのだ。
軍人たちにもおかえりと丸い笑顔で迎えてくれる家族がいるのだろうか。
一つの丸いテーブルに所狭しと並べられた丸い器に盛られた料理を、
つつき合っているのだろうか。
無防備に歌ったり踊ったりしているのだろうか。
タクシー運転手たちに、あの夜があってよかった。
ドノローリー、ドノローリー。
光州の人たちは、おにぎりみたいに優しくて強かった。
どこにも刻まれることのない想いや言葉こそ、
集めて風船みたいして、空や海にふわふわぷかぷかと浮かべておけたらよいのに。
家に帰ると、ミネちゃんがぼたもちを届けてくれていた。
もっちゃりほんのり甘いミネちゃんのぼたもち。
ミネちゃんの握るおにぎりは、
きっととても大きい。