白鍵と黒鍵の間に
先日、早稲田松竹のジャズ映画特集で。冨永昌敬監督『白鍵と黒鍵の間に』。ジャズピアニスト南博さんの自伝的エッセイを映画化。「南」と「博」の一人二役を池松壮亮が演じる。1980年代の銀座を舞台に、若きピアニストの運命が動く一夜を描く。
なんとも感想をまとめるのが難しい映画で、1980年代の禍々しさを表現するためかキャスト全員が少しずつ過剰な演技をしている気がするし、南と博を同じ俳優が演じることで、えーとこれってどっちでどういう状況だっけ、と理解が追いつかない部分もあったけれど、総じて「珍品」として愛でたくなる不思議なチャーミングさがあった。この感触を解きほぐすべく「考察」を始めそうな陣営を、そんな子供っぽい野暮なことやめなよ、って鼻で笑いそうなムードがある。
南博さんの原作エッセイは2008年、刊行当時買って読み、その後出会った南博ファンの友人に譲った記憶がある。その前から南博さんのライブには時々行っており、演奏から入ってエッセイで人物を知る順番。2005年頃、当時の私は会社員と学生を同時にやっており、自分もどうせ眠らない(眠れない)から24時間営業の街に住んだほうが便利!との合理的理由で新宿に住んでおり、たまに何もかもにうんざりしてすべてを投げ出し映画館か、末広亭で落語か、新宿ピットインでジャズかの選択肢から、財布と携帯だけ持って歩いて遊びに行く、そんな夜に南博さんのピアノを何度か聴いた。
東京生まれ、映画の中にも「新橋のおばあちゃん家に…」というセリフがあったけれど、南博さんは演奏も人物の印象も、ごてごて飾るでもなく、軽やかで気持ちのいいパリッと糊のきいた浴衣みたいな、言語化が難しい「江戸っ子」というものを体現する存在として私の印象の中にいる。別の言葉にすると「ノンシャラン」なのかもしれない。
何この変な映画!と楽しんだ最後にエンドロールで流れる「Nonchalant」、ピアノはもちろん、口笛も素敵だった。また演奏を生で聴きたい。
予習
2月、映画の楽しみが山ほどあって大充実。
もう一度観たかった北野武『首』は、早稲田松竹で『御法度』と2本立てで観る予定。『御法度』は35㎜上映。松田龍平のデビュー作!!
http://wasedashochiku.co.jp/archives/schedule/38920#film3
ずっと読もうと思っていた『武士道とエロス』(氏家幹人 著・講談社現代新書)を読む予定。この2本を観るのに最高の予習だと思う。
男達の恋「衆道」を通して語る江戸の心性史。殿と小姓、義兄弟など、男同士の恋は武士の社会に溶け込んだおおらかなものだった。彼らの「絆」の意味と変容を新視点から捉え直し、江戸という時代を照射する。(講談社現代新書)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000146701
Weekly28/サイドカーに犬/吾妻鏡
ご無沙汰しています。お元気ですか?私は元気です(山に向かって)。Weeklyなどと言った舌の根も乾かぬうちに停止してしまい、鈴虫鳴く中、これを書いています。
第7波、東京の感染者数が報じられると東京以外の人は、東京の人々よ、どういう生活なの…と心配されるかもしれませんが、住人としても自分が感染していない(たぶん)のが不思議なぐらい身近に迫っている。体感として第6波終了時点で周囲で感染歴のある人はだいたい20%ぐらいだったのが、第7波現時点で40〜50%ぐらいまで上昇したかな、という感じ。7・8月は陽性者続出で仕事がまわらなくなるのをフォローしたり、回復したものの後遺症で倦怠感が強い人とのミーティングがキャンセルされたり、という日々だった。外出意欲もさすがに減り、10月の映画祭の時期には気兼ねなく映画館に行けるほど減っていればいいですね、という自分内ムードです。
こんな時にありがたいのが、今年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』がとってもとってもとってもとっても面白いことなのだけれど、ある時ふと、脚本・三谷幸喜なのだから、竹内結子がキャスティングされる世界線もあっただろうと、いきなりその不在を寂しく思った。どの役も見事なキャスティングだけれど、政子(小池栄子)や、りく(宮沢りえ)が竹内結子だったら、それもまた素敵だっただろうし、最近登場したのえ(菊地凛子)にもハマりそう。他のどの役だとしても、画面に登場するだけで華やいで悪い女も、賢い女も、企む女も、裏表ある女も、きっと毎週日曜が楽しみになるような演技を見せてくれたに違いない、ずいぶんな俳優を失ったのだなぁと、妄想しただけなのに哀しみが重くのしかかってきた。
何か竹内結子の映画を観ようと検索してみて、未見の『サイドカーに犬』を再生すべくクリックしたら竹内結子が動き出したので、映画って生存の記録だし、指先ひとつでもう会えない人に会える配信って便利だとしみじみした。
『サイドカーに犬』、竹内結子は古田新太の愛人で、妻が怒ってひとり出ていった後、残された子供たちにご飯をつくるために登場するヨーコさんという役で、厳しめに躾けられた少女が、のびのびと奔放なヨーコさんと出会って変わってゆくひと夏の物語だった。
ヨーコさんはドロップハンドルの軽そうな自転車を乗りこなし、料理はざっくり適当だが美味しそうで、飾り気のない装いが素の美しさを目立たせるような、魅力的な女だった。大半の人はヨーコさんを好きだろうが、どうしてヨーコさんは古田新太が好きなんだろう、と素朴な疑問が生じるが、そのあたりの経緯は説明されない。彼女の本質にリーチするには、あまりにも説明が不足している種類の女として物語の中を生きていた。
余白時間の隙間を縫って黙々としょっちゅう読書をするヨーコさんも度々映し出されて、ヨーコさんの魅力の大半は、たったひとりで物語と一緒に小さな部屋に籠る時間で生まれているのだろうけれど、ヨーコさんの現実世界の誰ひとりとして、その静かな部屋の扉を叩きに行こうとしないのだろうなとも想像して、今はもういない竹内結子が演じていることもあって、胸がギュッとした。
はからずして、夏の終わりにぴったりの映画を観た。
<最近のこと>
『鎌倉殿の13人』に話を戻して、年明け早々に読んだマンガ日本の古典『吾妻鏡』竹宮恵子版、1年間の大河ドラマの予習として、ぴったりの読書だった。人物名を覚え、相関図を脳内で描き、誰が早死し、誰が長生きし、誰と誰が殺し合い、どう歴史が流れていくのか、大まかな理解に役立った。
『いだてん』のようなわりと最近を描いた大河ドラマでは、突拍子もなく思えるあんなこともこんなことも史実で、記録が残っている!という楽しみ方があったけれど、鎌倉時代ぐらい遡ると、鎌倉から京が今よりずっと遠かったことによる心理的・物理的距離感から生まれる情報伝達の遅さや誤解も興味深いし、夢枕に立つ、呪い殺されるといったスピリチュアルが混じった言い伝えも面白い。登場人物たちの死因や、諍いの理由も諸説あり、真実は歴史の霧に包まれている…という感じだけれど、三谷幸喜版は玉虫色の解釈のどれも綺麗に織り込みつつも全体の流れは史実に従っている点で、なんて巧みな脚本なのだろう…と思うが、竹宮恵子版『吾妻鏡』は最初の方は『吾妻鏡』に苦戦している様子があるものの、徐々に筆が乗ってくる様子が見てとれて、下巻では好きなキャラも見つけたウキウキ感が漂っていて面白い。実朝のこと好きで描いていて楽しかったのだろうな。最近ドラマ版で実朝が登場したので、漫画のほうを思い出しながら観ている。
『吾妻鏡』竹宮恵子版、図書館で返却して、区民地域センターの会議室利用状況をみると吾妻鏡会と書いてあった。
吾妻鏡会、どういう経緯で設立されて、どんな活動をしているのか興味津々。図書館に行くたびにチェックするけれど、けっこう頻度高く開催されている会のようで、やっぱり今年は大河ドラマの題材だから、活動も活発なのかしら、と妄想している。
この会議室利用状況、ある日はサイコドラマ研修会って書いてあった。私が日常で目にするホワイトボードのうち、もっとも目が離せないホワイトボードなのです。
【本日更新】Cinema on the planet 009 山形国際ドキュメンタリー映画祭2017
ご無事でしょうか。東京都心、私は無事です。台風19号の被害に遭われたみなさまに、心よりお見舞い申し上げます。
映画にまつわる場所を巡るリレー連載Cinema on the planet、本日更新しました。第9回は主宰・辻本の山形旅行記。山形国際ドキュメンタリー映画祭は隔年開催でまさに今、2019年度を開催中ですが、前回(2017年)参加した時の記録です。
映画って縁もゆかりもない他者を間近で観察できてしまう不思議な時間だと思うのですが、はるばる山形まで出かけ、20時間近く映画を観たけれど、色濃く覚えているのは映画館の外での30分間の出来事で、それを記録しておきたいと思いました。あの時間こそが映画だったんじゃないか、という気がして。
しぶとい残暑を大雨が洗い流し、東京はいよいよ肌寒くなりました。こちらからどうぞ、お楽しみください。
【本日更新】One movie, One book 第5回 ぼくのユリイカ
本日更新しました。
原作本も映画関連本も登場しない、映画と本のお話。小栗誠史さん連載「One movie, One book」第5回は「ぼくのユリイカ」。
雑食気味に観たり読んだりしたものが点々と脳内に堆積し、ある日突然、線で結ばれることってありませんか。まさかあれとそれが繋がるとは!?って大興奮の大発見で、世界中に言いふらしたいけれど、はたして自分以外の誰に伝わるというのだろう…そんな時、ヒトは文章を書くのかもしれませんね…(遠い目)。
1本のドキュメンタリーから始まる小栗さんの脳内旅行。ゆっくりじっくり読んでいただくと、ユリイカ!が追体験できるかもしれません。長くなり始めた初秋の夜、あたたかい飲み物を準備してお楽しみいただければ幸いです。
【本日更新】One movie, One book 第4回 お早よう、世の中
本日更新しました。
原作本も映画関連本も登場しない、映画と本のお話。小栗誠史さん連載「One movie, One book」第4回は「お早よう、世の中」。小津映画の中でもとりわけ人気の高い1本から展開する思考。
東京の住人にはお馴染みのピンクの壁の建物も、文中に登場する建築家によるもの。この写真、どうやって撮ったんだろう?と不思議に思った人は、いつか小栗さんに質問してみてください。あらためてピンクを眺めてみると、早春気分が高揚しました。
オリンピック準備モード高まる東京。消えゆく景色を憂う人も、まだ見ぬ未来を心待ちにする人も、遠くの街のあなたも。お楽しみいただければ幸いです。
新刊
移動の新幹線で、西川美和監督の新刊が出たことを知り、京都に着いたら買おう、と決めていた。四条通りのジュンク堂で購入。ジュンク堂のゾーニング、私が学生の頃から、まるで変わっていないように思う。東京にも京都にも個性的な書店はあるけれど、棚から店主の嗜好や自意識が漂うのを察知すると疲れを感じるようになったので、最近は何でも無節操に揃っている大型書店をふらふら歩くほうが断然好き。
新刊『遠きにありて』はスポーツ雑誌Numberでの西川監督の連載をまとめたもの。断片的に読む機会はあったけれど、毎号手にする雑誌ではなかったので、書籍になると嬉しい。
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163909486
帰りの新幹線で開き、カープ優勝の年に書かれた「どうして広島東洋カープは、こんなにも人生そっくりなんだろう」を読むと、うっかりさめざめと泣いてしまって、満席の車両で隣に座っていた、私の知らない言語で話す家族に少し驚いた表情をされたよよよ。少しずつコツコツ読むつもり。
西川美和監督については、映画より文筆家としてのほうが好き。
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