5 Best movies 2016 / Part2

 

5 Best movies 2016、2本目は濱口竜介監督「親密さ」、2012年の映画。

 

前後篇からなる255分と長尺のこの映画、夏にオールナイトで観ようと試みたものの夜に弱い私は案の定、後半すっかり眠ってしまい、いつか昼間に観る機会があればと願っていた。案外早く機会が巡り、秋に南浦和であったロングフィルムシアターという、長尺映画ばかり選んでかける奇特な映画祭で再会した。昼間だったから、今度は眠らずに全篇を観た。観終わってみると、真夜中とはいえ、こんな映画が目の前でかけられていたのに、よく眠れたものだね!と自分に呆れた。

 

「ともに演出家であり、恋人同士でもある令子と良平は互いに傷つけ合いながら舞台劇『親密さ』初演を迎える。」

 

前篇は「親密さ」を上演するまで。脚本を書いたり稽古をしたり。一方、海の向こうでは戦争が始まり、キャストのひとりも戦地に行く決意をする。開演が迫る中、遅々と進まない稽古、果たして幕は上がるのか…と不安に襲われながらインターミッション。後篇は2時間ほどの舞台「親密さ」をそのまますっぽり内蔵しており、あれほど前篇でハラハラしたのが嘘のように「親密さ」は完成し観客の前で演じられている。やがて「親密さ」は幕を下ろし、時が過ぎ、恋人同士だったふたりは駅で再会する…という、不思議な構造を持つ映画。年末に濱口監督特集で他の映画を観て知ったことに、「親密さ」よりずいぶん前の「何喰わぬ顔」は、映画の中に映画をすっぽり内蔵しており、「親密さ」の芽吹きを感じられた。こんなのいつ発明したんだろ?と思っていたら、最初から発明していたのか。

 

Happy Hamaguchi Hour

 

後篇、舞台「親密さ」で読み上げられた手紙に書かれた言葉が記憶から消えない。ここしばらく耳にした中で、もっとも切実な愛の言葉だったように思う。口にして伝えるのではなく、手紙という手段を経由することで、言葉は切実さを増していた。手で書き、受取人以外の人目に触れぬよう封をする儀式を経ない限り、生まれない種類の言葉たち。

 

「親密さ」を観るのが先だったか、あの夜が先だったか順番は忘れたけれど、しばらく前、少し遠くで深夜に仕事が終わり、真夜中のタクシーに乗った。眠れずに窓から外を見ていると、渋谷駅近くに差し掛かったあたりで、歩道を歩く一組の男女が目に入った。

 

ずいぶん前、頑張れば渋谷から歩いて帰れなくもない距離に住んでいた頃、時折、夜中にこの辺りを歩いて家に向かった。終電を逃したからという理由の時も、なんとなく電車に乗りたくなくてという理由の時もあった。ひとりの時も、隣に誰かがいる時もあった。窓から見える、あの男女のように。

 

真夜中の東京の、街灯のオレンジに照らされて歩く男女は、映画の場面のようにフィクショナルで、演出されたように美しかった。タクシーの中で私は、過ぎ去った自分の若さとたった今、擦れ違った気がしていた。時空を隔てた幽体離脱のように、自分が自分を少し離れた場所から眺めている。永遠に失くさないと信じていても、あっさり隣にいる人の連絡先も失ってしまうし、名前すら忘れてしまったりもする。タクシーは夜道を進み、やがて彼らは見えなくなった。

 

映画館の暗闇で「親密さ」を観る気分は、真夜中のタクシーの窓からかつての自分と擦れ違ったあの夜に酷似している。この映画について濱口監督が書いた言葉を目にした時、確かにそんな部分で見たかもしれない、と思った。

 

「『親密さ』は、若い人たちに見て欲しいとよく言うのですが、正確には自分の『若い部分』によって見てもらえたら、と願っています。」

 

【about】

Mariko
Owner of Cinema Studio 28 Tokyo
・old blog
・memorandom

【archives】

【recent 28 posts】