Cinema memo : 寝て覚め
週末、濱口竜介・酒井耕監督のドキュメンタリーを観たので、そういえば新作、いつ公開なんでしょうね…など話していたら、公開日が決まったとニュース。9月1日!なんとなく劇場はテアトル新宿では?と予測していたら、やっぱりテアトルだった。
製作のニュースを知ってから、楽しみで原作も読んだ。去年の夏、台北行きの行き帰りにずっと読んでいたので、なんとなく台北の空気と『寝ても覚めても』の物語が混じり合っている。
同じ顔を持つふたりの男性を愛してしまう女性の物語で、確か10年以上の長きにわたっての心象が描かれる。女性の眼や心がカメラのレンズのようで、必ずしも恋愛にだけピントがあっているわけではなく、職場の窓から見えた景色にいきなりピントがあったりするのが面白い。精密機械のように目の前を通り過ぎる被写体を捉え続け、恋だからといって浮かれるすぎるわけでもなく、別れがあっても哀しみすぎることもなく、レンズの前の登場人物が時の流れにつれ入れ替わってゆくのを、淡々と描写していた。
国内外で引っ越しの多かった私は、引っ越し前夜、部屋のまわりの取るに足らない景色を写真に撮り、かつての住所に別れを告げる儀式をひっそりと執り行った。北京だったり、パリだったり、世田谷区だったり、新宿区だったりしたけれど、撮りたい景色は天安門でもエッフェル塔でもキャロットタワーでも都庁でもなく、何百回とその前を行き来したコンビニだったり、部屋に辿り着くまでに最後に曲がる小さな交差点だったり。
その場所で過ごした日々を、後から思い出すならば、私の北京、私の世田谷区の記憶はそんな景色で構成されており、そんな景色は自分で撮らなければ、取るに足らなすぎて、さすがのgoogleも撮っていない。
小説『寝ても覚めても』は、ひとりの女性のそんな視界、そんな景色が積み重なった物語だったからこそ惹かれた。小説と映画は別物かもしれないけれど、濱口監督があの物語を映画化してくれるなんて、なんて頼もしい、と思っています。
STUDIO VOICE
映画館に行けない腹いせに、本や雑誌を買う3月。ドキュメンタリー/フィクション特集のSTUDIO VOICEを買ってみた。STUDIO VOICEを買うこと自体、大学生以来ではなかろうか。
フレデリック・ワイズマンとロバート・クレイマーの過去のインタビュー採録。ジャ・ジャンクーのインタビューも。大充実の内容にして580円という値段に驚く。何がどうなってるの。
半年ぐらいかけてちびちび読もう。ひとまず、濱口竜介監督と東出昌大、私の心の中のスター上位揃い踏み対談を読む。ワイズマンの「カメラを向けたところで被写体の様子が変わることはない」という言葉に、カメラを向ける側、被写体側それぞれから反応していたりするなど…読み応えたっぷり。
http://www.studiovoice.jp/#cover
草笛光子のクローゼット
3月、映画館に行く時間がまるでとれないので、かわりに本をよく買っており、読む時間はないのだけれど、写真豊富な『草笛光子のクローゼット』は、あっという間に読み終えた。
http://www.shufu.co.jp/books/detail/978-4-391-15134-3
昨今、装うことに関して、パーソナルカラーや骨格、印象をプロの手を借りて客観的に診断し、「似合う」を合理的に見極めることが流行っているようで、目的合理的な私は興味を持って記事を読んだりしているけれど、装うことの楽しみって、もっと無駄だらけで衝動的で華やかなものなんじゃないかしら、と考えたりもする。その点、『草笛光子のクローゼット』は天晴れなんである。ホテルニューグランドを舞台に、女優・草笛光子が自らのクローゼットから選んだ服を着こなす非日常感に圧倒される。スタイリストの指南本のような実用性皆無なところが潔い。自宅ではなくクラシックなホテルで撮影しているところも良くて、ユニクロを愛用していることは披露しても、私生活は披露しすぎないバランス。どの装いにも遊び心と工夫がある。
市川崑監督『ぼんち』では、市川雷蔵演じるぼんちの愛人のひとりとして草笛光子が登場していた。強欲さを隠さない若尾文子とは対照的に、愛人のお手当でつつましく暮らす草笛光子が、男の手が触れただけでさっと帯が解けるように結び方に工夫をしている、と告白する場面が印象的だった。「なんでこんなこと思いついたんや?」「喜んでもらおうと思って…」と見つめ合うふたり。『ぼんち』でも、草笛光子は装いに遊び心と工夫があったね!
『草笛光子のクローゼット』、越路吹雪が亡くなる1週間前、ばったり会って一緒に買い物をしたというエピソードがとりわけ印象的。何十年も前に越路吹雪に選んでもらったロエベのコートを着こなす、84歳の草笛光子。このエピソードだけでもう、1本の映画を観た気分を味わえる。
Phantom Thread Booklet
土曜の午後、長い手紙を書き、たくさん切手を貼ってポストに投函。家に戻ってポストを開けると手紙が届いていた。手紙めいた日。
LA支部のりえこさんから。PTA(ポール・トーマス・アンダーソン監督)最新作「ファントム・スレッド」がLAで70mmフィルム上映された際のパンフレットらしい。アメリカの上映でパンフレットが作られること自体が稀では。そして情報は最終ページにあるクレジットのみ、あとは写真やイメージのみの絵本のようなつくりにうっとり。
PTAの映画、あまり衣装に言及されることがないように思うけれど、「ザ・マスター」も衣装、素晴らしかったよなぁ。衣装デザイナーはマーク・ブリッジス。「ファントム・スレッド」でも衣装を担当するようなので、ますます期待が高まる。
東京では5/26公開。70mmで観られるLAが羨ましい!
さらば夏の光
日曜午後の映画。ユーロスペースで、毎年この季節に開催される北欧映画の映画祭「トーキョー ノーザンライツ フェスティバル」、1週間と会期が短く、いつも逃してしまうので今回初めて行った。北欧映画だけではなく、毎年1本、北欧に関連する日本映画を上映することにしているらしく、今年は「さらば夏の光」がかかった。1968年、吉田喜重監督。
http://tnlf.jp/movie#saraba_natsu
日本航空がヨーロッパ10都市ほどに同時就航した年で、その記念映画として撮られた1本。当時、映画の予算は通常4〜5000万円のところ、1000万円の低予算で撮る必要があり、キャストは4名、セリフは全部アフレコで、ロケは1週間。主演は岡田茉莉子。衣装は森英恵のオートクチュールだけれど、脚本が事前に出来上がっていないので、訪問するヨーロッパの街のイメージで仕立ててもらい、ヘアメイクも衣装担当も同行しないため、岡田茉莉子自身がアイロンをかけて準備し、髪結いは東京で習ったのを自分で再現、メイクも自分で。即興的に脚本が出来上がり、毎晩、翌日の撮影分がキャストに渡され、すぐ覚えては撮られ…を繰り返す過酷な日々だったとのこと。
文系研究者がパリに渡り、偶然、女と知り合う。女は人妻で、その後ヨーロッパの各地で出会い、ともに時間を過ごしながら、男が探し求めるカテドラルについての会話を交わす。やがて、女は長崎で終戦を迎え、何もかも捨ててヨーロッパに渡ったことが明らかになる。岡田茉莉子がよろめきながらも自立した女を演じる。経済的にはどう自立しているのか不明だけれど、家具のバイヤーという設定なので、それで生活を成立させているのだろうか。吉田喜重作品らしく観念的なセリフ、モノローグが続き、途中しばし意識が飛んだ。吉田喜重と侯孝賢は私にとって睡眠薬のような映画を撮る人で、必ず眠ってしまう。絵画のような構図は他の日本の監督であまりお目にかからないトーンで、ヨーロッパの香りがしたのは、ヨーロッパで撮られたという単純な理由だけではないと思う。観ると必ず眠るし、退屈もするけれど、それでも観てしまう魅力はある。
森英恵の衣装をくるくる着替える岡田茉莉子。撮られ方のせいか、一部の衣装のシルエットのせいか、少し身体がずんぐりして見えたけれど、美しい。シュミーズの上にコートだけ羽織って街を歩く、よろめいた末に奇行に走ったかと観ているこちらが緊張する場面もある。
吉田喜重&岡田茉莉子夫妻によるトークが上映後にあった。古い日本映画の女優陣、若尾文子、岸恵子、浅丘ルリ子…いろんな人のトークを聞くチャンスがあったけれど、もうじゅうぶん贅沢な時間を味わいせいせいした気分になりつつ、他に誰かお話を聞いてみたい人って、まだいるかしら?と考えた時、岡田茉莉子がいるではないか!と気づき、機会を伺っていた。
「さらば夏の光」は50年前の映画。目の前にいた現在の岡田茉莉子は85歳。背筋がすっと伸びて凛として、キリッとした特徴的なフェイスラインもそのまま。美しさとは若さのことではないのだな、と思いました。場内は満席、立ち見も出ていて、半世紀前の映画を観にきてくださってありがとうございました、と言った後に少し涙ぐんでおられた。モンサンミッシェルの場面では、女の薬指のダイヤの指輪がキラリと光っていたけれど、その指輪を別の街で紛失したことに気づき、結局見つからなかったらしい。ラストはイタリアで、街中でタクシーに向かって手をあげる岡田茉莉子のショットで終わるけれど、離れた位置にある望遠カメラで撮られていたため、映画の撮影とは気づかない通行人が多く、イタリア男たちに声をかけられまくり撮影が難航したとか。
吉田喜重監督は、自身の映画はテーマ性が強く、フィルモグラフィも3つの時代に区分される。まず松竹の監督時代は青春映画を撮った。次に女性を描く映画を撮った。その後は政治の映画を撮った。「さらば夏の光」は女性を描く映画期に撮ったもので、上の世代の映画監督は男尊女卑思想が強かったけれど、それに対する反発があり、とにかく女性を強く、自立した存在として描こうと思ったとのこと。「さらば夏の光」でも、女は自らの意思で日本を離れ、帰るつもりはない。男と出会い、夫と分かれるが、やがて男とも別れる。男に依存する人生ではなく、男がいないと生きられない女ではない。女はすべてを自分で決めていた。
このお話を隣で聞いていらっしゃる岡田茉莉子さんの佇まい、マオカラーのジャケットの監督、岡田茉莉子さんは黒ずくめで、お好きだというヨウジヤマモトかしら、という装い。同い年のお二人は、同志のような結びつきで長い時間を過ごしてきたのかな、と想像した。大女優と監督というより、本郷や御茶ノ水、神保町あたりでデートしてそうな雰囲気なの。
ずいぶん前、吉田喜重監督のトークは聞いたことがあり、その時に買ったと思われるパンフレット。2008年だったのかな。「エロス+虐殺」がパリで上映された時、ポスターの前で撮られた写真が表紙。上映されたと思わしき映画館LA PAGODEは、ボンマルシェの近くにある、東洋寺院を改装したエキゾチックな映画館。「エロス+虐殺」、LA PAGODEでかかるのが似合う。
その時にいただいたサイン。岡田茉莉子さんのページの余白に書いていただいたの、今見ると良い記念だった。
さよなら日劇:パンフレット
さよなら日劇、これで最後。楽しみにしていたパンフレット、大充実の内容。旧日劇で催されたショウの演目も、かかった映画のタイトルも全部網羅されている。編集の労力に平伏したくなる、資料価値の高さ。2018年始まって最も有意義な1000円の使い途。むしろ1000円っぽっちでいいんでしょうか…。
漠然と、日劇を特別な場所だと感じていた理由が全部載っていた。保存版である。誰かにあげるためにもう一冊買おうかな、と思ったけれど、帰りには完売していた。
最後のページにはスタンプを押すスペースがあったので、しっかり押してきました。ラストショウで最後に観たのは「ゴジラ(1984年)」、ロードショーで最後に観たのは「スターウォーズ 最後のジェダイ」、日劇らしい映画でさよならできた。
そして日比谷駅の改札前から、もう東京ミッドタウン日比谷のサインが見えた。出口から近い!こんなに近いなら家のDoor to 映画館、20分ぐらいで着きそう。
日劇のスピリットが継承されるというTOHOシネマズ日比谷は3月29日オープンだそう。1本めは何にしようかな。
Happy Holidays
帰宅するとポストに赤い封筒。LAのりえこさんからカード!暖かいところのペンギンは陽気な感じね。来年はペンギンもCinema Studio 28 Tokyoに登場してもらいます。
読んでいないけれどBRUTUSが最近「いまさら観てないとは言えない映画。」特集を発売していたけれど、
https://magazineworld.jp/brutus/brutus-859/
私はクリスマス映画の名作と呼ばれる、「素晴らしき哉、人生!」を観たことがありません。タイトルからして心温まる物語なのかな…と妄想して、勝手に敬遠している。毎年、街がイルミネーションで煌めき始めると、今年こそは観るぞ…と一瞬思うけれど、「軽蔑」などを観ているうちに見逃してしまう。縁がないのだと思う。
何かの映画を観てないってことは、その間、何か別の映画を観てるってことだから、それこそが私と映画の縁なのだろうな。縁なのだから、無理することはないの。
どの街の皆さまも、素敵なホリデーシーズンをお過ごしください。
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