パリのしごと人
Cinema Studio 28 Tokyoのメンバー、グラフィックデザイナーのあずささんにお誘いいただき、銀座メゾンエルメスへ。10階、上映ルームとは反対側に、こんな気持ちいい部屋があるなんて!整えられた緑、木にはレモンがいくつか。銀座のどこかのビル屋上に養蜂場があって、銀座産の蜂蜜が売られていると聞いたことがあるけれど、エルメス、数個だけのレモンを収穫し、蜂蜜で漬けて、エルメス特製レモンシロップmade in Ginzaを個数限定で商品にすればいいのではないかしら。オレンジの箱に入った麗しいレモンシロップ。
エルメスの手しごと展のプログラムから、トークセッション。「パリのしごと人」というお題で、映画プログラムのディレクター、アレクサンドル・ティケニス氏が来日し、先日観た「パリの職人たち」のプログラムについてをメインに語る内容。
以前、ブログでアレクサンドル氏のプログラミングがいつも秀逸で…と書いたのを、あずささんが読んで覚えていて、トークに当選したら誘おうと思っていたのだとか。嬉しい。好きなものは好きと誰かの目に触れる場所に書くべし!と最近よく思ってます。
2011年から始まったアレクサンドル氏のプログラミング、エルメスの年間テーマを様々な角度から捉え、問いを投げかけるように古今東西の映画から選ぶセンスが並外れており、最初に「!」と思ったのは、スポーツがテーマの年に「泳ぐひと」がかかったこと。アメリカンニューシネマの珍品。スクリーンにかかったの後にも先にもあの時のエルメスしか知らない。アメリカンドリームが破れ虚と実の間を漂う男と豪邸のプールたち。あの物語を、富の象徴のような銀座の一等地でかける大胆さ不条理さに痺れた。毎回もらえるリーフレットに掲載された文章も、年間テーマと選ばれた映画の関係について、薀蓄を極力排除した視点から、例えば「気狂いピエロ」のような語り尽くされた映画であっても、自らの言葉で改めて捉え直して綴られており、簡潔ながらエモーショナルでもあり、読むたびはっとする。これを書く人はどんな人なんだろう?と好奇心を煽る文章。
エルメスのプログラミング専業の人ではないと思うけれど(経歴の説明はなく、謎のままである/追記:パリで映画史の教鞭をとる…とのこと)、これまでのエルメスのテーマや選んだ作品についての説明や、今回の「パリの職人たち」の各映画についての背景も語るトーク、聞き応えがあった。アニエス・ヴァルダ「ダゲール街の人々」の30年後を撮った映画があること(trente ans plus tard ってタイトルメモしたのだけど、検索しても出てこない…)や、短篇「帽子職人」は様々な職人を追ったシリーズものの1つで、こちらも彼らのその後を追ったシリーズがまた存在すること(L’Âge de faireとメモしたのだけど合ってるのかな)等を知り、映画のために期間を区切って対象を捉えても、撮り終わった後も時間は流れ人生は続くから、ひとたび誰かに肉薄すると、時間が経て、また追いかけたくなるのかな、と撮る人の心理を妄想した。他に女性の職人ばかりを追った「24 portraits d’Alain Cavalier」というドキュメンタリーへの言及もあり、いつか観られる機会があるかしら。
会場からの質問にアレクサンドル氏が答えたことに、年間を通じてのテーマに沿ったプログラミングは、ドキュメンタリー、フィクション、アニメ、製作国などバランスをとることを意識し、パリに暮らしながら、顔の見えない東京の観客に向けて映画を選ぶことはとても難しいが、エルメスのチームと情報交換し、日本で何が公開され何がされていないのか等を教えてもらって選ぶ。若い観客にも来て欲しいから、わかりやすさを意識した映画も交えている、とのこと。
魅惑のプログラムや文章の奥にいた人のお話を聞けて充実した時間。私が特に楽しみにしているのは短篇・中篇数本がかかる回で、今回の「パリの職人たち」然り、映画の並びも、ある映画を先に観ることが、後にかかる映画を補完したり刺激したり…と、複数の映画が相互に作用しながらテーマを浮かび上がらせる、アレクサンドル氏のプログラミングの粋を味わえる。