天国は待ってくれる / メリー・ウィドウ
シネマヴェーラ渋谷での、ルビッチ・タッチⅡの記録。初日は「天国は待ってくれる」「メリー・ウィドウ」の2本から特集スタート。
・天国は待ってくれる(Heaven can wait/1943)
「地獄行きを覚悟したヘンリーは、閻魔大王の前で女性遍歴を繰り返した生涯を懺悔するが…。男女の心理の機微を洗練されたユーモアと心温まるストーリーで描き、観る者すべてを幸福にせずにはおかないルビッチ最晩年の傑作。テクニカラーの美しさを今こそ堪能されたい!」
フィルモグラフィーの中で、私が唯一観たカラー作品がこれで、初見では情報量の多さを頭が受け止めきれず消化不良に。ルビッチ、どの映画も省略が効いており、扉の開閉、階段の昇降、視線の移動…で物語の展開を察知する必要があり、台詞で何でも説明してくれる親切な映画の対極にあって、1秒たりとも気が抜けない。体調を整え、濃い珈琲で身体を目覚めさせ、お気に入りの観やすい座席を確保し臨まなければならない。
「天国は待ってくれる」を初見で受け止めきれなかったのは、いつもながらのルビッチの情報量の多さに加え、初めてのルビッチ・カラー映画だったから。モノクロであれば衣装の色の情報量を処理する必要は少ないけれど、カラーならば、瞳はブルー、椅子は、絨毯は、壁紙は、衣装は…と処理すべき情報量が格段に増える。そしてモノクロなら、自分好みの色に塗り絵しながら楽しむところ、カラーなら、え?そのブラウス、そんな色?など、自分好みでない色だった時の感情処理にもたつき、肝心の物語が見えなくなった。
ということで二度目の今回、ようやく心に余裕を持ちながら鑑賞することに成功。好色でありながら、妻を愛して生きた男の一代記。夫婦のいざこざや、恋愛のもつれ(主に三角関係)を描くことの多いルビッチには珍しく、一人の男の人生を出生から最期まで大河ドラマのように描いている。そのため珍しく主人公の祖父、両親、やがて妻と出会い、息子が生まれ…と家族が描かれ、男が育った家庭環境から何を受け継ぎ、それがまた息子に脈々と受け継がれていく…好色なところなど…と、血縁が描かれているのが興味深いところ。
適度に余所見もしながらも、一人の女を生涯愛し、存分に人生を謳歌した男が、罪の意識を抱えながら閻魔大王の前に立つ。男が回顧する欲深き、けれどそれがゆえに芳醇な人生を味わいながら眺めていたから、閻魔大王の審判の言葉に不思議と納得するというもの。見終わった後、じわじわと「天国は待ってくれる」というタイトルの優しさが染みてくる。
オープニングタイトルが刺繍ふうでとても素敵なので、最初から気を抜かずに前のめりで堪能すること。
・メリー・ウィドウ(Merry Widow/1934)
「パリに暮らす小公国の大富豪未亡人・ソニア。遺産目当ての外国人と再婚されたら一大事と、公国の大使は一計を講じ…。有名なオペレッタの映画化作品で、大使館の盛大なダンスシーンや工夫を凝らした映像の面白さなど見どころ満載。」
初見。有名な物語だけれど、メリー・ウィドウに触れたのも初めて。メリー・ウィドウ・デビューがルビッチで幸せ。ジャネット・マクドナルドってこれまで何かで観たことあるかしら。ちょっと誰かに似ている…でも誰か思い出せない…という顔立ち、そして歌が上手!相手役のモーリス・シュヴァリエは味のある歌唱(決して万人が上手!とは思わなさそうな)なので、バランスの良いコンビと言えるかもしれない。人生で初めて目撃したモーリス・シュヴァリエが「昼下がりの情事」のオードリー・ヘップバーンのパパ役だったので、ルビッチの映画で若きモーリス・シュヴァリエを観た時、誰にもで若い時代はあるのだね…という変な感慨に陥った。誰にでも若い時代はあるのだね感慨シリーズ、東の佐分利信、西のモーリス・シュヴァリエで決まり!
そして彼の人生について何も知らなかったけれど、改めてwikiなど読んでみると、無知ですみませんでした!と平謝りしたくなるほどのフランスの国民的スターだった。「メリー・ウィドウ」の中でも、パリのマキシムでマキシム・ガールズと遊ぶぞ!と、うきうき踊り子の名前を連呼する歌があるけれど、あの歌を地でいく実人生だった。
喪の装いに身を包んだジャネット・マクドナルドが、黒い服、黒い帽子、黒い靴、黒い犬(!)に囲まれ静かな生活を送る中、恋の芽生えを感じた途端、部屋中の黒が色を帯び…と言ってもモノクロなので黒が白に変わるだけだけれど、きっと実際はパステルカラーのはず!…犬まで白くなるのには爆笑しながらも、恋が色を連れてくる、そのシンプルな美しさに胸がいっぱいになった。ベッドサイドに置かれた分厚く大きな日記帳に、書く文字が日増しに恋する女のそれに変化していくこと(この場面のグラフィカルな美しさ!)。そしてジャネット・マクドナルドの衣装、30年代・西洋女性の十二単と呼びたくなるような、薄紙に紙と紙と紙を重ねてリボンをキュッとかけたお菓子のパッケージのような甘やかさがあって、着替えるたびに目が釘付け。天井高10メートルはあろうかという瀟洒な建物、2人で踊っていたはずが、満場の男女を総動員しての大演舞に繋がる場面の華やかさ!
パリのマキシム、フレンチ・カンカンを見せるような店だったのだなぁ。常連客はお気に入りの踊り子を指名し、2階の個室で親密になる…というシステム。そんな歴史があったとは…と驚いたけれど、どこまで史実に忠実なのか、調べてみたくなった。