1995

 

いろいろ観てはいるけれど、感想を書いていないのばかりで、書き始めたけれど、書き終わらず。代わりに、寝付けなくて昨夜、amazonビデオを探ってみて観始めたら最後まで横目で観てしまった「恋する惑星」について。

 

1995年って、もう20年以上前の映画なのね。ずいぶん久しぶりに見返してみると、前半の金城武パートはやや退屈で、後半のフェイ・ウォン&トニー・レオンパートは面白かった。音楽や俳優の身体性のせいかしら。普遍的に美しい…というわけではなく、95年の空気をたっぷり吸ってしっかり古びており、だがしかしそれがいい、という不思議な魅力。

 

今であればストーカーと呼ばれそうな行為も、そんな名前も与えられていない頃で、ちょっと頭の涼しそうな子程度のポップな人物造形。

 

こんなに手紙が登場する映画だったっけ。別れた恋人への伝言は手紙を託して。待ち合わせに行かない場合も手紙を託して。受け取った手紙を、勇気がないから読んだり読まなかったり。連絡がとれず待ちぼうけしたり。携帯もなく、インターネット普及前夜の95年、恋の終わりの寂しさも、はじまりの予感もぐっと身体的で、匂いが漂ってきそうな街の景色もあいまって、溌剌と、みずみずしさに胸を打たれた。

 

2000年頃、香港人に連れて行ってもらって、フェイ・ウォンの働いていた小さな店のあった界隈に行ったけれど、回転が早いということか、映画の面影はなかった。巨大エスカレーターは堪能した。返還後、しばらく経った頃のこと。

 

 

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Mariko
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