Life is short, fall in love , girls!
台風一過。昨日と今日で気温差が10度以上あって体の調律が難しい。真夏のような雲も浮かんでいることだし、電車には乗りたくないけれど、ちょっと出かけたい。半袖のワンピースで根津まで散歩。坂を上がって弥生美術館へ。
昨日偶然知った「命短し恋せよ乙女」という企画展。会場に少しだけ英語解説があって、Life is short, fall in love , girls!と英訳されていて、清々しい気持ちに。
概要はこちら。
http://www.yayoi-yumeji-museum.jp/yayoi/exhibition/now.html
大正時代は、世の中を賑わせた恋愛事件が頻発しました。カリスマ女優・松井須磨子の後追い自殺、世界的な物理学者・石原純を誘惑、失墜させたと非難された原阿佐緒――衝撃的な恋のいきさつを写真と新聞記事から紹介し、さらに小説&挿絵からも事件を読み解きます。
弥生美術館はいつもユニークな切り口からの展示ばかりだけれど、この展示、よくぞ貴重でニッチな資料をこんなに集めましたね、ありがとう!と驚くものばかり。当時者のご家族も協力していらして、学芸員の方、どうやって依頼したんだろう…と、ふと思った。先祖の恋愛事件にちなんだ品々なんて、ゴシップ的興味からお願いするわけではないんです、って説得するの難易度高いのでは。
展示資料は秘め事の開示にふさわしく?手紙が多く、白蓮が送った夢二デザインの封筒の手紙がずらりと展示されていたけれど、白蓮、晩年まで美しくって、こんな美しい人がこんな美しい封筒で恋文を送っていたんだなぁ…と、うっとり。
夢二とお葉、山田順子、谷崎と佐藤春夫の妻譲渡事件などなど、広くはない会場をぐるっとまわるだけで、みなさんの斜め上発想な行動と情熱にあてられてぐったりするほど。でも…面白い!ゴシップ的面白さも否定しないけれど、恋愛から結婚に至ること自体がやんわりと罪だった大正時代、好きな人を好きと宣言して素直に行動するだけでも一大事件だった、という事実が興味深く、だいたいの人が、結婚していながら他の誰かを愛してしまって…という流れだけれど、そもそもの結婚が親が決めた相手としぶしぶだったりするから、人生で好きな人に出会えて良かったね…当時は破廉恥だったとしても…と妙に応援する気分になった。
そして不貞!姦通!と騒いだ世間も「愛人の後を追って自殺した松井須磨子」には日本女性らしい一途な成り行きである、と世論も好転したり、人妻ながら藤原義江を追いかけ離縁→再婚に至った藤原あきは「その後しっかり家庭を築き、徐々に世間も納得した」など紹介されていて、本人たちも奔放なら、今も昔も変わらず、世間ってずいぶん勝手なもんね!と、ちょっと呆れ気分に。何をやっても何か言われるなら、もうまさしく「Life is short, fall in love , girls!」であるな。
そんな中、私がもっとも惹かれたのは、平塚らいてう。教科書的&朝ドラ的知識しか持っていなかったけれど、今回の展示で知って好きになった。新しい女に引き寄せられてか、らいてうを取り巻く男たちも面白い。
紹介されていた恋愛事件はまず、帝大生と駆け落ち→心中未遂を起こすこと。若き男女が駆け落ちしたのだから、当然そういう関係なんでしょう?って世間は騒いだけれど、らいてうパパが「いや、駆け落ちしたからって、男女の仲があるとは限りませんよ?」って、あいつはそんなステレオタイプな女じゃないぞって主旨のコメントしたらしく、事実、そんなことはなかったらしいので、なんと娘の性格を理解したパパであることよ…。帝大生が「人がもっとも美しいのは死の瞬間だから、僕は君を殺す!」など、こじらせ炸裂な動機で煽ったらしいのだけれど、らいてうが相手や色恋に興味があるというより、死への興味を隠せなくて駆け落ちしちゃうとか、最後に日和った帝大生が山で包丁を捨て、体力がなくなった帝大生を励ましながら、らいてうが木の下に一晩安全に過ごせる場所を確保した…とか、エピソードがいちいち香ばしい。たぶん、らいてうは帝大生のヘタレっぷりを最初から見抜いていて…この男、口ばっかりで実行に移すような肝は据わっておらぬぞ、と…一連の成り行きを俯瞰して観察したかったんじゃないかしら。迸る激情でも痴情のもつれでもなく、好奇心の延長という雰囲気。
事件を世間的に丸くおさめるために、帝大で教えていた夏目漱石が二人に結婚を促したけれど、結婚すれば万事丸くおさまるなんて、しょうもない!まっぴらごめん!って拒否するのも、らいてうらしい。エドワード・ヤン「台北ストーリー」のセリフでもありました。結婚は万能薬ではない、って。
いろんな資料を見ていて、なんとなく、らいてうは自分の生き方を確立することが最優先で、恋愛にはさほど興味がなかったんじゃないかな?と思ったけれど、その後、人生のパートナー、運命の相手・奥村博史に出会うくだりの紹介は、この展示でもっとも心温まる一画だった。奥村博史が、この世にはらいてうに似合う指輪がない!ってデザインして作った指輪がいくつか展示されていて、ちまちました華奢なものではなく、どーんと石が大きく、おおらかなデザインで、ちょっと西洋人のような雰囲気のらいてうのルックスにもキャラクターにも似合いそうな指輪で、ああ、らいてうを理解する人が人生に出現して良かったね…帝大生と死ななくて、その後も人生が続いて良かった…!と、指輪の前で、わー!と出会いの素晴らしさに心で拍手。
この奥村博史という人物が、らいてうのようなマイペースで世間の目も気にしない新しい女にぴったりの、新しい男という印象で、もっと知りたくなった。らいてう曰く博史は「5割は子供、3割は女で残りの2割が男」という成分の男だそうで、この発言を巡って2人がちょっと喧嘩したというエピソードも紹介されていて、笑ってしまいました。
展示は9/24(日)まで。図録は市販されている。欲しいわ。
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309750255/
自伝の紹介はこちらにあるのだけれど、博史にほとんど触れられていない。自伝には書いてあるのかしらね?
http://1000ya.isis.ne.jp/1206.html
らいてう、すごく映画になりそうな人生なのに、扱いが難しいということか、ほとんど映画にもなってないのね。戦前松竹だったら、監督:清水宏、らいてう:桑野通子で映画化してほしかったわ。らいてうを描くの、溝口でも小津でもステレオタイプになっちゃいそうだけれど、清水宏ならできたと思う。我が信頼の宏。