散歩する侵略者

 

先週、ピカデリーで観た「散歩する侵略者」。とっても変な映画だったなぁ。観ている間じゅう、どこに重心を置いて観ればいいのか、映画との距離感を掴み損ねた。

 

たぶん、10年前とはいえ、先に舞台版を観ており、筋書きを知っている(記憶の遠くにあるけれど)という先入観が没頭の邪魔をした。あれ?こんなキャラクターいたっけ?これって舞台版だと誰が演じてた役だっけ?など邪念が入る。けれど落ち着いて振り返ってみると。制約の多い空間で妄想しながらこのユニークな物語を味わうことのできた舞台版のほうが、妄想好きの私には合っていたのかな、と思う。舞台版では省略されたあれこれが、映画では現物として映されており、なんか…思ってたんと違う!と思うことが多かった。最後のCGっぽいのは、あのチャチさで良いのだろうか…など考えてしまって、愛の物語に集中できない。

 

それでも俳優陣の豪華さには大満足。黒沢清監督とは俳優の好みが一致していて眼福の瞬間の連続。宇宙人役の恒松祐里ちゃん、初めて観た。身体能力の高い女優が好きなので、好きリストに1人加わった。一瞬でいなくなるけれど、前田敦子さんもファンなので嬉しい。概念を奪われた瞬間のクニャッとした倒れ方、一番上手だった。あと東出くんが愛の概念を宇宙人に語る死んだ魚の目をした牧師役なんて…黒沢監督はマイベストオブ東出を更新してゆく。長谷川博己は、もしこの映画がスマッシュヒットしたならば、松田優作のなんじゃこりゃあ!的にデフォルメされてお笑い芸人にネタにされそうな演技をしていた。

 

そして長澤まさみ。舞台版では、概念を奪う宇宙人の設定に夢中になり、夫婦愛ものという側面が記憶から抜け落ちていたけれど、映画版は長澤まさみの存在感で、ただのよくわからない面白SFちょっとB級という味わいはあくまでスパイスであって、本筋は愛の物語である、遠回りしながら愛を描く物語である、という説得力がギリギリのところで保たれていた。冷静になって考えてみると、浮気の疑いのある夫が帰ってこず、帰ってきたと思ったら宇宙人になったと言う。何から何まで変わってしまっていてまともに会話できない、そんな事態を苛立ちながらも受け止める妻。プリプリ怒りながらも、夕方になるとハンバーグ(夫の好きな献立の仮称)をいそいそと作り始め、うまく焼けた方を夫に差し出す、そんな妻。なんて都合のいい、この映画のあらゆるSF設定より、この妻こそファンタジー。「金麦」の女がSF映画に迷いこんだみたい。黒沢監督、好きだけれど、女を描くことに関しては旧時代の男なのかしら…?など生じた疑念を、長澤まさみの超現代的な身体をもって力業で現代の映画として着地させた感があって、ちょっとずるい。これが田中絹代みたいなちんまりしたサイズ感の女優なら、まるで違う映画になるはず。松田龍平も、他の俳優なら苛立ちそうなものを、松田龍平なら許す、なんなら徐々に可愛く見えてきて、かなりずるい。地球の重力に慣れないのかまっすぐ歩けなくて、草むらに倒れこむ松田龍平とか、探し回って抱きかかえて立ち上がらせたすぎる。ずるい。

 

と、いろんな気持ちになったけれど、総じて映画も楽しみました。

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