トリコロール 青の愛
早稲田松竹にて。クシシュトフ・キェシロフスキ「トリコロール 青の愛」。トリコロールシリーズはフランス政府から依頼を受けたキェシロフスキが、フランス国旗の色が象徴する「自由・平等・博愛」をテーマに撮った3部作。「青の愛」はジュリエット・ビノシュをヒロインに迎え、テーマは自由。
ビノシュ演じるジュリーが、夫と娘と同乗する車が事故に遭い、ふたりは即死、ジュリーだけが生き残る。作曲家の夫が未完のまま遺した、欧州統合記念に依頼された交響曲のメロディーを、一度は捨てようとするのだが…。
みなみ会館だったか、朝日シネマだったか、公開当時に3部作をすべて観た。「何色ですか、あなたの愛…」という思わせぶりなナレーションの予告篇を覚えているけれど、「青の愛」について私の記憶に残っていたのは、ビノシュがカフェでオーダーするアイスクリームとエスプレッソ、反復して登場する青いプールで夜に泳ぐこと。
あらすじもすっかり忘れた状態で観ると、何もかも失った女が、何もかも捨てようとする物語で、とても私好みだった。この世に執着はない、とばかりに財産売却の手続きを事務的に済ませ、売却利益の受け取りも拒否。光を反射して部屋に青い模様を飛ばすガラスのオブジェだけ抱え、新しい部屋でひとり暮らしはじめる。この部屋が私好みの素敵さで、備え付けの家具は多少あるものの、すべて捨ててきた女はとても身軽。物が増える気配もないガラガラの部屋に、過去から連れてきたオブジェが青い光を散りばめるだけ。何もないけれど窓が大きく、目の前の通りはやや騒がしく、階下に人の気配も感じられる。
引っ越し当初は生気を失っていたジュリーが、距離をおきたくても否応なしに少しずつ他者に踏み込まれ、一度手放したはずの過去をふたたび手繰り寄せ、新たな現在を再構築してゆく。捨てることに一生懸命なのは潔く見えるけれど実は過去への執着の強さのあらわれで、周囲の人物や物がいくら入れ替わろうと、現在も未来も過去の延長にしかない。物語の最後までたどり着くと、ジュリーの知らないところで亡くなった夫が語っていたという「彼女は寛大で、頼りになる」という言葉そのものの女性だ、と思った。
ジュリーの新生活に絡んでゆく階下に住む女性、どこかで観たことある…と記憶のアーカイブを調べてみると、ロメール「冬物語」の主人公フェリシーを演じた女優(シャルロット・ヴェリ)だった。「冬物語」以外で観たことがなかったので、思わぬ再会、という気分。「冬物語」のフェリシーって、これまでに観たあらゆる映画の数多のヒロインの中で、もっとも私自身に似ている女なのだけれど、シャルロット・ヴェリが「青の愛」で演じた役も、フェリシーにどことなく似た、己の欲望に忠実で周りを気にしない、正直な女だった。
そしてジュリーが借りる部屋、パリのムフタール通り(Rue Moufftard)にある。アイスクリームとエスプレッソをオーダーするカフェは、ル・ムフタール。ムフタール通り、マルシェや各国料理のレストラン、カフェがひしめく有名なグルメストリート。生気を失った彼女がひっそり閉じこもるには、あまりに食の歓びに満ちた場所すぎて、ジュリー、死にそうな表情をしていたけれど、ムフタールを選ぶなんて、生きる気満々では?と勝手な深読みを楽しんだ。
http://www.wasedashochiku.co.jp/lineup/2018/kieslowski2018.html