Weekly28/あなたの顔の前に/奈良

 

ホン・サンスの新作が2作公開される贅沢な夏。まず『あなたの顔の前に』を観た。有楽町にて。

 

フィルモグラフィーを勝手にキム・ミニ前/キム・ミニ後に区分すると、キム・ミニ前は主演に起用する俳優も多彩で、私はホン・サンス映画を通して韓国の俳優の名前を覚えていたから、時折、キム・ミニ前を懐かしく思ったりしていた。かつてのキム・ミニの出ないホン・サンス映画も好きだったし、ホン・サンス映画以外のキム・ミニも好きだった。『あなたの顔の前に』は久しぶりにキム・ミニの出演しないホン・サンス映画で、イ・ヘヨンという素晴らしい俳優を知ることができて幸せな気持ちに。

 

あらすじを知らないままに観はじめ、主人公がかつて暮らした家に行くくだりから、今日が人生最後の一日だと自覚しながら過ごすなら、こんな感じかしら、と考えた。昨年亡くなった自分の親しい友人について、その死が謎に包まれているだけに、思い巡らす余白がたっぷりあってしまい、あの人の人生最後の一日ってどんなだったのかなと時折する想像に似ていた。行き先や言葉のひとつひとつに、その人の人生が凝縮されているような一日のこと。あくまで想像に過ぎないけれど。

 

映画監督が登場し、酒を飲みながらの会話が長く続く。ホン・サンスらしい場面だけれど、キム・ミニ前の作品群にあった戯れのように始まる男女の関係が、理不尽なほど男に都合の良い展開に至り、何故か女は憤るでもなく受け容れるという、無邪気さはもうなかった。キム・ミニ後の作品群では男は軽やかに恋を楽しむ存在ではなく苦悩し、死を匂わせ、近作『逃げる女』では女にとってもはや鬱陶しい存在のように描かれていたけれど、『あなたの顔の前に』で久しぶりに、男は身勝手だった。けれど物語の重心は女にあるのが最近のホン・サンスらしい。

 

当たり前のことにホン・サンスも老いてきて、『ハハハ』や『次の朝は他人』の若さはもうない。85分とコンパクトな時間、わずかな登場人物だけで、人物の年輪を色濃く漂わせるミニマムで濃密な映画。過去を潔く捨てて進化していく先輩の渋い背中を見るようで、眩しくて惚れ惚れとした。

 


 

 

安倍元首相の襲撃事件、どこで起きても衝撃的な出来事が、あまりにも身近な土地で起き、穏やかでのんびりした奈良でまさか、というショックを受けている。コロナ禍で何年も帰っていない故郷の景色を、こんな形で見るとは思わなかった。襲撃現場も馴染みがある場所だけれど、搬送先の病院はまさに近所で、親戚のお見舞いに行ったり、小さい頃は学園祭に遊びに行ったりした場所だった。夫人の東京からの移動ルートがそのまま私の帰省ルートでもあり、うまく言葉にならない。実家の上空はずっとヘリの音がしていたらしい。

 

心は泡立ったままだけれど事前特番をチェックし、選挙公報も読み、早朝に投票を済ませた。

 

 

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Mariko
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