Weekly28/リコリス・ピザ/襖の張替え

 

日比谷で。ポール・トーマス・アンダーソン(以下PTA)『リコリス・ピザ』を観る。

 

コロナ禍に入ってから観る映画を選ぶことに慎重になった。暗そうな映画は自分がとりわけ元気な時にしか無理だし、人がたくさん亡くなったり、パニックになったりするのも辛い。ここのところは衝撃的な事件のニュースばかり追っていたので更に慎重になっていたわりに、PTAの新作ということ以外何も知らずに観てしまったけれど、結果として、最高に大正解だった。

 

しかし、しんどい人はこれを観ると良いと誰かに薦めるのも躊躇う。やや年齢差のある男女の、ボーイ・ミーツ・ガール青春ものなのだが、それに期待して観ると、クセの強さに戸惑われそうだし、音楽が最高!という触れ込みで観たとしても、クセの強さに戸惑われそう。

 

観終わった後に初めて予告編を観たけれど、この予告編、クセの強さを丁寧に取り除き、ピュアで爽やかでロマンティックな部分だけ抽出しており、確信犯?って笑ってしまった。

 

 

PTAの作風に慣れている自分ですら、ショーン・ペン&トム・ウェイツが登場して去り、入れ替わりでブラッドリー・クーパーが出てきたあたりは、私はいったい何を観ているのだろう、と呆然と眺めるしかなかった。明らかに最初から惹かれ合っているふたりがようやく素直になるまで、驚くほどの遠回り、驚くほどの冗長さだけれど、映画よ終わらないで、この変な時間が永遠に続きますように、と願ってしまう、謎めいたチャーミングさがあった。

 

自分と人間の好みが一致する人、つまりキャスティングセンスを信頼している監督、東の筆頭・黒沢清、西の筆頭・PTAなのだけれど、『リコリス・ピザ』も例外ではなく、主演のふたり(クーパー・ホフマンが、フィリップ・シーモア・ホフマンの息子さん!という事実も、観終わった後に知った。言われてみればそうなのだが、どうして観ている間に気づかなかったのだろう。DNAの強さ!)はもちろんのこと、終盤に登場する俳優…あれ、この人どこから観た…どこかで観てすごく好きだった人だ…と思い出せないままエンドロールに差し掛かり、ベニー・サフディの名前が出た時、きゃああああ!と叫びそうに。ベニー・サフディはジョシュ・サフディとのサフディ兄弟として監督作があり、どれも最高。PTA映画でベニー・サフディを観られるなんて、そことそこ繋がってたの!!と歓喜の感情が芽生えた。

 

キャスティングの話で言えば、ここ10年ほどの間に観た映画の中で、どう考えてもベストなキャスティングだったな、と思っているのはPTA『ザ・マスター』のフィリップ・シーモア・ホフマン、ホアキン・フェニックス、エイミー・アダムスなのだけれど、新興宗教の教祖と妻、教祖の魅力ゆえに近づくがやがて疑問を抱くようになる男、という物語なので、今まさに再見すべきでは、と考えたりしている。

 

ともあれPTA『リコリス・ピザ』、観ている間ずっと浮世の暗さから逃避していられる、ありがたい映画だった。こんな映画を他にもうまく選べたらいいな。

 


 

<最近のこと>

 

 

選挙の日。早朝から選挙に行き、自転車に乗って友人宅に移動。東大襖クラブという東京大学に存在する襖の張替えサークルによる張替え作業を見守った。

 

思い返せば3年前。引っ越した私は新居の障子を張替える必要があり「文京区 障子 張替え」の検索でヒットして襖クラブの存在を知り、早速アポをとった。東大は近所だし、張替え作業ってよく知らない人と自宅で長時間一緒に過ごす必要がある、と考えると緊張するけれど、東大生が来てくれるなら、それだけで楽しそうだと思って。当日は女性部員の方が障子紙と道具一式を持って来て、途中食事を一緒に食べ、綺麗に張替えが完了した。襖クラブの歴史は長く戦後、学費を払えない学生が技術を身につけながら生活費を稼ぐ目的で始まり、そのため依頼者は学生に食事を提供するルールがある。

 

素敵な学生さんが来てくれて学業や襖クラブの話を聞いたりしながらの張替えが楽しかったので、また会えるといいなと思ったものの、また会えるとしたら自宅の障子や襖が破れた時のみ、そうそう機会があるものではない….よよよ….と考えていたところ、友人との会話の中で、ウチの襖がボロボロなんだよね〜とポロッと言ったのを聞き逃さず、いいクラブ知ってますぜ(揉み手)!!!と紹介し、事前の現場調査・襖紙選びを経て、張替えとなった。私がお世話になった部員さんが今も在籍していてリーダー的役割を担ってくれて、襖の枚数から人数が必要、ということで総勢4名で張替え。

 

友人宅は都心オブ都心にありながら、築70年以上の一軒家。おそらく戦後、その一帯に同じ規格の小さな家がたくさん建てられたうちの数少ない生き残りで、小さな家2つを1つに合体させるリフォームをしている。そんな背景があるから家の中に階段が2つある不思議な構造。友人は建築家なので模型があちこちにあり、この家の模型もあった。飼っている猫が襖をボロボロにしたそうで、その現場と犯人。犯猫。キミか!キミがやったんか!

 

 

襖は障子より格段に張替え作業の工程数が多く、外枠を外す→引手など部品を外す→古い襖を剥がす→傷んだ木の部分を補修→下地になる薄紙を張る→襖紙を張る→部品を戻す→外枠を打ち付ける、加えて今回は猫対策として一部の襖の下部に透明な保護シートを張る工程が追加される。古い襖を剥がしてみたら時々ドラマに遭遇することがあるそうで、この日、友人宅の襖を剥がしてみたら…「キツイ」ってカタカナで書いてあったらしい。長い歴史のあるこの家で、最後に襖を張り替えたのがいつ誰だったかわからないぐらい古いらしく、いつ誰が書いたんでしょうね。作業、キツかったのかな。

 

朝9時から4人がかりで始まった作業が、張替え枚数が多いこともあり、終わったのは21時頃。私は襖クラブと依頼者を繋ぐだけの役割だから、邪魔にならない場所にいて、友人宅の亀に話しかけ、猫にちょっかい出して不機嫌な顔をされ、夜になったら選挙特番を観るなどしていた。

 

綺麗になったよの図。これまでボロボロだったから通り抜けできていたのに、何やら様子が変わって戸惑う猫さま。

 

 

コロナ禍ということもあり現在は依頼者宅の食器を使うような食事の提供は原則なしだそうで、友人が近所の美味しいカレーをテイクアウトしてきてくれて皆で食べながら襖クラブ活動の話を聞いたり、作業を眺めたり、終わった後に打ち上げ的にハーゲンダッツを食べたりしたの、夏の良い思い出になりました。

 

張替え市場の相場がわからないけれど、私が障子の張替え代を支払った時は「大丈夫?労働、搾取されてない?」って思わず聞いたぐらいリーズナブルと感じたので、首都圏で張替えを検討されている方がいればオススメです。

 

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Mariko
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