Cinema memo : KANO

今年はお盆も仕事をしていたけれど、長らくお盆は休んでいた習慣の蓄積が「なるべく休みたい」の無意識を形成し、打ち合わせが入らなかった隙に午後から休みをもらって、ランチがてらビアホールでビールを飲んだ、の図。
甲子園決勝はリアルタイムで観られなかったけれど、今年は本当に楽しかったなぁ。些細なことまでニュースになった金足農業のエピソードを読むと、私の夏のノスタルジアも喚起された。高校の先生だった母は数年単位で県内のあちこちの学校を異動し、農業高校で働いていた時期の夏休み登校担当日(のような日。授業や行事はないけれど教師が持ち回りで登校し学校の実務をする日)、他に誰もいないから私も母の職場についていき、ビニールハウスの点検に付き合ったり、草むしりを手伝ったり、広いプールで浮かんだり。幼かった私に農業高校の校内はアミューズメントパークみたいだった。
農業高校が決勝に進むのは1931年、日本統治下だった台湾から出場した嘉義農林(嘉農)以来ということで、未見だった『KANO』は今こそ観るべきと思い出した。公開時の熱に煽られて映画館で観ることは確かに楽しいけれど、興味を持った時こそ映画を観る最適のタイミングで、複製芸術だからそれが可能、ということをこんな時に実感します。
データ班

そのトピックについて話題にすることがないから、案外知らなかったその人の側面、というのは誰にでもあることで、私の場合まるで知られていないのは野球好き、という点だと思う。
母(高校の先生)が野球好きで、文化系部活の受け持ち(華道部とか書道部とか)のくせに己の趣味全開にして何故か野球部に深入りし、県大会の予選から球場に応援に行く人だったので、小さい頃からしょっちゅう球場に連れられて行った私も自然に野球好きになり、物心つくと友人と誘い合わせて高校野球の応援に甲子園にも行き、夏休みにふと「スコアのつけ方」的な実用書を買って習得しスコアをつけながら観戦していた時期もあった。親の影響は恐ろしい。
第100回大会の今年、猛暑ゆえ日中は家にいる時間が長いせいか、高校野球観戦する時間が増え、やっぱり面白いなぁ!と思う。タイミングがあえば、かつて甲子園に通った友人と遠隔でチャット実況しながら観ておる。準々決勝の土曜、どの試合も見応えがあり、冷蔵庫に何もないのにテレビ(スクリーン)の前を動けなくて困った。試合と試合の合間に八百屋に走って行き、走ってまたテレビの前に戻った。
大阪桐蔭の監督のインタビューで「データ班が相手チームのデータをしっかり集めてくれたおかげで勝てた」と、データ班が、データ班が、と何度も繰り返したので、もちろん映画『マネーボール』を思い出した。
とても熱中して観た映画で、まさにデータ班大活躍物語だけれど、データを分析し尽くして勝ち上がった先のほろ苦さにこそ野球の旨味がギュッと詰まっていた記憶があり、第100回大会が終わった頃、じっくり再見したい。ブラッド・ピット映画の中でも特に好きなのだけれど、ブラピというより映画というより、単に野球が好きなだけというのが理由だと思う。野球>ブラピ。
*これを書いている翌日が決勝。まさに映画のような好対照な対戦、もちろん仕事でリアルタイムで観戦できないけれど、ほんま、仕事してる場合ちゃうわ!
青い時間

この界隈に引っ越してから、夏といえば不忍池に蓮が満開、と知りながらも目撃したことはなく、今年ようやく見た。池のどのエリアで咲いているのか、位置をようやく把握。あの世とこの世の境目のような景色。

何で刷り込まれたのか、蓮が咲くときに鳴るポン!という音の真偽を調べていたら、無印良品のコラムにたどり着いた。
https://www.muji.net/lab/living/120801.html
蓮の花が咲くのは、午前3時45分頃だそうです。それは、夜から朝に変わる時間だといいます。自然の音を録音し続けている音楽家の話によると、朝の4時ぐらいに鳥の声も虫の声も一斉に止まる瞬間があるのだとか。すべての動きが止まり、あらゆる生命が生まれる、そんな不思議な瞬間があるらしいのです。蓮の花の咲く時間も、このことと関係しているかもしれません。
この「鳥の声も虫の声も一斉に止まる瞬間があるのだとか。すべての動きが止まり、あらゆる生命が生まれる、そんな不思議な瞬間」って、ロメールもまさに『レネットとミラベル 四つの冒険』の「青い時間」という1篇で描いており、あの映画以外にこの不思議な時間に触れているものは初めてだったので、読みながら、わ!と声が出た。
ロメールが映画に仕立て、蓮の花が咲く音が聞こえる青い時間。
自作パッケージ

なくした!と大騒ぎしたものが家に帰るとあったり、配送が届かなかったり、期待していたものが最後に覆ったりするここ数日。なんなの?水星逆行?と調べてみたら本当に水星逆行だった。占星術をやみくもに信じてはいないけれど、こういう時は星のせいにしてのんびりするに限る。
とは思っているものの、どんより気分で帰ってポストを開けたら京都から届いていたもの。
いこさん、市川崑『結婚行進曲』が好きなあまり、DVDパッケージを勝手にデザインしてしまったとは聞いていたけれど、現物がここに!細部まで可愛いヨー!DVDケースもうっすらピンク!詳しくはいこさんのブログご参照。こんなふうに新しい可愛いパッケージに包まれて、改めて人目に触れられてほしい古い可愛い映画、いっぱいあるものね。
http://iqc195.blogspot.com/2018/07/7-to-8.html?m=0

切手も宇宙、蕎麦、ロシア(ワールドカップ!)の花と私の好きなものだらけなのでした。
テレワーク待機

テレワーク(在宅等、オフィス以外の場所で勤務すること)、秋から本格導入される見込みで、私も早速トライしてみる所存。通勤は短いし、オフィスで働くメリットもたくさんあるけれど、それ以上に自分の部屋がスカッと物が少なく、静かで(騒がしいところで集中できないタイプ。基本、部屋は無音)、ペンギンも常備されており(精神安定に寄与)集中に最適な環境すぎる。気分転換に近所の店にランチに行くのもいいなぁ。
テレワーク未経験者は誰でも一度は考えることとして、何を着てメイクはどうすればいいの?など、身だしなみ方面の懸念について。会議は電話でできるけれど、テレビ会議で顔出しを求められると、ラフな格好じゃ急には対応できぬ…という事態になりそう。
そして、とっくに同じことを考え、とっくに対処策を考えている人がいるのが世界の素晴らしいところ。
「オンライン会議中の顔に自動で化粧 資生堂、女性のテレワーク支援するアプリ開発」
http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1610/07/news107.html
しかし考えてみれば、オンライン会議って、双方の顔を見る必要ってあるのかな。相手の顔より、同じ資料を見てスムーズに話せることのほうが遥かに大事だと思うから、現実的な意見で恐縮ではありますが、私は顔より資料が見たいです。
など、つらつら連想して思い出したことに、宇宙ものSFで遠隔にいる誰かと顔を見ながらやりとりする場面がよく登場する。例えば『インターステラー』の、宇宙にいる父と地球にいる子供たちがビデオレター?でやりとりし、時間の流れる速度が違うから、父は宇宙で緩やかにしか年をとらないのに、子供たちはどんどん年をとって親を追い越し老いてゆくもどかしい切なさ。
あんな感じで相手が家族、夫婦、恋人だったら顔を見て話すことの重要度は高いけれど、会議ってどうかしら。私はきっと、最初はそれなりに身なりも整えるだろうけれど、あっという間にラフでぐだぐだになるに違いないから、便利なものが開発されて実用化するか、仕事の会議に顔見せは不要って共通認識を育んでいきたいものです。
好み

『白夜』、ヴィスコンティ版とブレッソン版がずいぶん違ったので、どちらも観て原作も読んでそうな人と話したいな、とイタリア人の友人にメール。あなたはブレッソン派だと思うけれどイタリア出身だからヴィスコンティ贔屓かもしれないね、と送ったら、どちらも観て原作も読んだけれど、遠い過去のことでどれが好きと即答できない、再見&再読するね、と返事がきた。
さらに「昨夜はミゾグチの The 47 Ronin を観た。日本の歴史について予習が必要だったけれど、頑張って集中して最後まで観た。4時間あった。君はあの映画が長いって知ってるだろうけれど…」と書いてあって、シネフィル青年の体力&気力を尊敬。溝口も時代劇もさほど好きではない私は『元禄忠臣蔵』(1941年)、この先の人生で観ることはなさそう。私はもうきっと好きかどうかわからなさそうな長い映画を観ることはないかもしれない、と思った2018年夏である。
日本に行きたいけれど夏の暑さと湿度が殺人的で躊躇する、と書かれており読んだ勢いで涼しい場所に友人たちと共同で別荘を買うことを思い立ち、物件検索を始め、勢いで買えそうな値段の軽井沢の物件を発見して妄想している。音楽家もいるから、さながら『カルテット』の世界。酷暑の妄想は私をずいぶん遠くまで連れて行くなぁ。
暑さ

東京、久しぶりに、無防備に外に出ると命の危険に晒される暑さが続いている。
ここ数年、最も暑かった瞬間は、3年前の夏、北京の午後だった。朝から映画館で映画を観て、観終わってお昼を食べ、前門(天安門広場の南)にいたので、あろうことか天安門広場を横断しようと無防備な決断をしてしまった。北京で一番好きな場所だから。その日の北京が40度で、太陽が高い位置にある午後2時、遮るものが何もない、歩いても歩いても毛沢東の肖像画は近くならないほど広い場所にいることを、歩き始めてから気がついた。体感温度は40度後半だったと思う。ここ数年、最も死に近づいた瞬間だった。
グリルの上で焼かれる野菜の気分ってこんなんかしら、と思ったあの日に比べれば、現在の東京はまだマシと思えるのだから、何事も相対化なのかもしれない。
この日に観たのは、陳凱歌(チェン・カイコー)の『道士下山』だった。日本で公開されてもきっと観ないけれど、中国の映画館で観るとやたら面白く感じる、という部類の映画だった。ワイヤーアクションばりばりのカンフー映画。
中国最大の超大作が大コケし、3日で公開停止したニュース(こちら)を読んで、あ、ちょっと観たいなぁ、中国の無闇に金ピカでギラギラしたシネコンで、と思いました。
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