絵画
東京における私の秋の恒例行事、その1(東京国際映画祭)が終わり、その2(フィルメックス)に向け、しばしの静寂が訪れた。
この秋、近所の公園こと上野公園は、ルーベンス、ムンク、フェルメールの展示が同時に開催され、ずいぶん賑わっているみたい。不忍通りを歩いていると、カフェの前に「叫び」の顔はめパネルを発見。写真では伝わりづらいけれど、顔の部分が空洞になってる。あの顔にトライしてみたい人は是非どうぞ。根津界隈です。
そんな中、きっと静かに展示されているであろう西洋美術館の特別展示「リヒター/クールベ」が気になっている。
http://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2018richter.html
オリヴィエ・アサイヤスの…邦題は『アクトレス 女たちの舞台』だったっけな。原題はClouds of Sils Mariaで、シルス・マリアは物語の舞台となるスイスの地名なのだけれど、とにかく映画を観るとシルス・マリアに行ってみたくなる。そして西洋美術館ではリヒターの描いたシルス・マリアの風景画を観られるらしい。「リヒター/クールベ」の会期は長く、来年1月20日まで。メモメモ。
病院
フレデリック・ワイズマン特集にて。アテネフランセ、平日の夜というのに、半分以上客席は埋まっており、ワイズマンは人気だな。
http://www.athenee.net/culturalcenter/program/wi/wiseman_part1_2018.html
『病院』(1969年/84分)を鑑賞。
ニューヨーク市、ハーレムにある大きな都市病院、メトロポリタン病院の活動を緊急棟と外来患者診療所に焦点を当てて記録した作品。都市病院に運びこまれる様々な患者とその処置をする職員とのやりとりを通して都市が抱える多くの問題を浮き上がらせる。
今年の半分は予期せぬ病院通いが続いたため、私にとって身近な被写体として『病院』を観ることにした。自分に施された先端医療、改築したばかりのピカピカの病棟に圧倒されたばかりだったから、1969年の病院の医師や患者たちのワイルドな表情、まさに前時代的な設備や治療法、現在とのギャップに、50年かけて医療が格段に進歩してくれたことに感謝した。手術のシーンもあるけれど、モノクロだからか生々しさをさほど感じない。カラーだったら目を背けるはずで、血の赤って鮮烈な色なのだな。
「公園で渡された謎の薬を飲んだ」というアートスクールに通う若者が、薬と大量の水を摂取し、盛大に嘔吐する。あんな嘔吐はフィクションでは撮れない。フィクションが嫉妬するあまりにも映画的な嘔吐だった。しきりに死への恐怖を口にする若者→いなす医師→嘔吐する若者の無限ループ。死をそんなに恐れるならば「公園で渡された謎の薬」なんて飲んではいけない。そして、ただでさえ辛いのに、50年後の観客に人生最悪かもしれない一夜をいつまでも再生され目撃される若者が不憫。意識朦朧としたところをつぶさに撮られるなんて私なら拒否するし、もし勝手に撮られて公開されたら訴訟沙汰にするだろう。
ワイズマンの映画は被写体を遠くから俯瞰するショットで終わるものが時折あるけれど、『病院』も然りだった。あらゆるドラマが詰まった病院の前を、そんなことなど露知らず往来する車たち。私が入院した病院は近所で、しょっちゅうその前を通っていたけれど、病院に出入りする人はみんなドラマを抱えている、患者だけでなく、医師も、付き添いの人々もみんな、って、病院に入って出るまで想像していなかった。ラストシーン、素知らぬ顔で走り去る車のように。
moonbow cinema 『オリンピア』二部作
時間が経ってしまいましたが、9月末、moonbow cinemaで『オリンピア』を鑑賞したことを記録しておきます。moonbow cinema 3周年、10回目の記念すべき上映。おめでとうございます!
『民族の祭典』『美の祭典』の2部作から成る1936年ベルリンで開催されたオリンピックを女性監督レニ・リーフェンシュタールが記録した『オリンピア』、神楽坂の古い一軒家で上映されました。
詳細はこちら
https://moonbowcinema010.peatix.com/view
住宅地らしい細い道を歩き、本当にここで合ってるのかしら…moonbow cinemaのロゴも入り口にあるし…と、おそるおそる入り、案内していただいたのは床の間もある畳敷きの和室!座布団ではなく椅子があったけれど、なんとも実家っぽいというか、ノスタルジアが否応なしに呼び起こされる空間。
この夏、あまり出かけられなかったかわりに、部屋のスクリーンでW杯や甲子園中継を観る時間が長かったせいか、スポーツ(観戦)の夏から、スポーツ(観戦)の秋にスムーズに移行したような錯覚。見知らぬ観客の方に混じり、日本のメダル争いをハラハラ見つめ、勝利した瞬間には、やったね!!と叫びたくなるような(叫ばなかったけれどもね)微かな連帯感を感じるユニークな映画体験でした。
観ながら考えたことメモ。
・オリンピックを記録した映画では、市川崑『東京オリンピック』や、クリス・マルケルが撮ったヘルシンキ・オリンピックについての映画を追ったドキュメンタリー『オリンピア52についての新しい視点』(メゾンエルメスで鑑賞/詳細はこちら※)と独特の作風の映画ばかり観ていたせいか、レニ・リーフェンシュタールの撮るこのベルリン・オリンピックは政治と切り離し映画そのものをじっと見つめてみると、スポーツと躍動する人間の身体にフォーカスしたシンプルなドキュメンタリーだな、と思った。
・興奮する客席を捉えたショットも多く、日本人選手を応援する日本人も多く映る。この時代にベルリンでオリンピックを観戦する日本人とは、ずいぶんな特権階級なのではなかろうか。選手の家族?ヨーロッパ駐在の外交官?
・観客のファッションも着崩さないきっちりした正調の洋服で、どのタイミングから観客たちはカジュアル化したのだろう。オリンピック観客席の服飾史というテーマでオリンピックドキュメンタリーを観てみるのも面白そう。
・現在では当たり前となった、競技をリアルタイムでカメラで捉え、スタジアム内のビジョンに映し出す技術は当然1936年には存在せず、広いスタジアムで観客は双眼鏡を握りしめながら観戦する。そして競技の決着がつかず日が暮れると、ナイター設備も万全ではないスタジアムは文字どおり薄闇に包まれ、選手はかろうじて競技はできている様子だったけれど、観客にはどれぐらい見えていたのだろう。
・1936年のオリンピック、女性の種目数は現在より少なかったのだろうか。映画の時間配分としてはずいぶん男性偏重で、女性は添え物、競技場の華のような扱い。それは実況にもあらわれていて、実況担当の男性の声がどれだけ興奮しても、男性選手は最後まで名前と国名がきちんと呼ばれるのに対し、女性は徐々に「次はハンガリー娘」「優勝はドイツ娘!」と娘っこ扱いされ、2020年にあれをやったら大炎上しちゃうな、と思いながら観た。
・刻々と完成形に近づきつつある2020年東京オリンピックのスタジアムの建設現場をよく眺めるけれど、マラソンや短距離走だけがオリンピックではなく、馬術もセーリングもオリンピックなのだ。ああいった競技、東京のどこで開催されるのだろう。
・オリンピックを観戦するヒトラーの姿が頻繁に捉えられている。女子リレー、ずっとトップだったのに最後にバトンを落としてしまったドイツの選手の姿と、憤って多動になるヒトラーの姿が交互に映っていたけれど、あの選手、あの後、無事だっただろうか。
・30年代の映画、ベルリン出身となるとルビッチを想起するけれど、レニ・リーフェンシュタールはルビッチの10歳年下。アメリカに渡ってナチスを強烈に皮肉ったルビッチと、ベルリンで映画を撮り続けたレニ・リーフェンシュタール。どちらの運命も数奇で、それぞれの人生はまったく別物だ。当たり前だけれど。
休憩中、みづきさんが回覧してくださった『オリンピア ナチスの森で』(沢木耕太郎著/集英社文庫)は、このベルリンオリンピックに参加した日本のアスリートたちを追ったノンフィクションで、レニ・リーフェンシュタールへのインタビューも収録されているとのこと。映画を鑑賞した後に読むと最適だそうです。読んでみよう。
東京は秋
しばらく日記を書かないうちに、東京はすっかり秋。
2年半使ったiPhoneSEが限界を迎えつつあったので、iPhoneXSを手に入れてみたら、目を見張るカメラの進化。自分の目が2年半更新されていなかったような気になった(目ごしごし)。ちゃんとしたカメラを使いたい気持ちはあるけれど、手も鞄も小さい私には、必要十分ではなかろうか。カメラにも個性があるとして、iPhoneXSで撮る東京は、私が肉眼で見ている普段の東京を過不足なく記録してくれるように思う。カメラが味を出して、確かに綺麗だけれどこれは私の見ているものではない、という写真を生成することってままあるものね。
そんな気分で日比谷を歩くと、東京はもう映画祭モード。今月下旬から開催される東京国際映画祭、この週末にチケット確保。脆弱なチケットシステムに映画好きが苛立ち溜息をつくことすら、もはや秋の恒例行事感が漂うけれど、どうしてチケットぴあやセブンチケットなど外部に委託しないのかな?と考えてみて、「国際」映画祭だからこそ、海外からのアクセス、チケット購入に耐えられるシステムにしておく必要があるのかな、という考えに至った。チケットサイトがすべて二ヶ国語表記で、入力する情報も海外在住者でも購入できる内容。台北映画祭は「国際」映画祭ではないからか、台湾のローカルなチケットサイト経由での購入で、台湾で有効な携帯番号が必要…というところまで中国語を解読した後に事務局に問い合わせもしたけれど、残念ながら日本からチケット購入する術はない、と返事が来た。
例年であれば映画祭サイトや矢田部さんのブログを読み込んで、じっくり観る映画を選ぶところ、今年はあっさりと気分で選んでみた。阪本順治監督『半世界』を狙ってみたけれど、稲垣吾郎さんの国民的知名度の壁に阻まれ撃沈。タイで公開されて気になっていた『BNK48: Girls Don’t Cry』は無事確保。
https://2018.tiff-jp.net/ja/lineup/film/31CCA01
BNK48のことはさっぱり知らないけれど、この監督のファンなのです。もしかして48グループのファンの熱い壁に阻まれチケット取れないかな?と不安だったものの、あっさり買えた。
そして11月の東京フィルメックスはホン・サンスが2本!と教えていただいた。ラインナップ発表されたことも見過ごしていた。
私と同じく療養していたこのサイトも、そろりそろりと再開します。体調を心配してくださったり、更新されないサイトにアクセスしてくださっていた皆さま、ありがとうございました。映画の秋を楽しみましょう!
親密さ
ただ座っているだけでも映画鑑賞は体力消耗するものなので、『親密さ』255分、完走できるか不安だったけれど、杞憂だった。没入している、ということだろうけれど、濱口映画の長さと体感時間の短さの反比例は毎度、不思議。
『親密さ』を観るのは3度目。(これまでが麻酔でリセットされてしまったせいか)初々しい気持ちで、過去最高に集中した。後篇の演劇は劇中劇としてではなく、ひとつの演劇として鑑賞したら、私は面白いと思うかしら。脚本の読み合わせ、手紙を読むこと、「書き言葉を読み上げる」場面がいくつかあるためか『親密さ』を観るたび、とてもそんなことは人前では発せません、本心、本音、本意、そんな禍々しいものなんて、という言葉も案外、書き言葉では綴ることができる。話し言葉の奥ゆかしさにひきかえ、書き言葉の図々しさったら、と思う。
この映画は私の中ではナチュラルに、青春映画に分類される。制服も流れる汗も登場しないけれど。私が観たこれまで映画の中で、最高の青春映画かもしれない。
年に1度行くか行かないかのキネカ大森には、京浜東北線に乗って行く。滅多に乗らないから、途中どの駅に停車するかほとんど把握していない。帰りの電車に乗り、路線図を眺め、田町に停車することを知った。田町駅のホームに停車した車両から、向かいは山手線、確かに、と思った。
『親密さ』を最後まで見届けたことがある人には、私が何を言いたいのかは、わかってもらえると思う。この映画を観た後に、京浜東北線に乗って田町を通過する私は、世界でもっとも幸せな観客だ、と思ったことも。ベルが鳴ってドアが閉まり電車が動くと、交わって離れてゆく電車はどこから撮ったのだろう、と、ふと考えた。「言葉は想像力を運ぶ電車です。日本中どこまでも想像力を運ぶ、 私たちという路線図。」
http://netemosametemo.jp/hamaguchi/
秋のmoonbow cinemaはオリンピック
連載『moonbow journey』で活動を綴っていただいているmoonbow cinema、秋の上映のお知らせがありました。
詳細はこちら
https://moonbowcinema010.peatix.com/view
9/29(土)、上映作品は『民族の祭典』『美の祭典』。1936年のベルリンオリンピックを記録した映画。不思議と長さを感じさせない面白さがあった記憶。日本公開時とてもヒットしたと聞いていたけれど、冷静に考えてみて、テレビもなかった時代、オリンピックの結果は新聞やラジオ音声で知るしかなく、映像で観ること自体、珍しかったんじゃないかなぁ…と想像したら、wikiにそう書いてあった。
写真は北京のオリンピックスタジアム界隈。これ、手前の箱型の、壁面に水の波紋のような模様があるブルーの建物はオリンピック水泳競技に使われたプール。その奥に平行するようにほぼ同じ高さでマンション、オフィス用の民間の建物があり、その先頭が龍の頭のデザイン。こんなふうにスタジアム広場から眺めると、水辺から龍がニュッと頭だけ出しているように見えるの…と友達が説明してくれた。龍の頭部分のマンションだかオフィスだかの部屋、べらぼうに高いんだろうな…。
オリンピックが街の景色をがらりと洗い替えてゆくことを私は北京で知り、まさか東京でも味わうとは思っていなかった。2020年、東京はどんな顔をしているんだろうと、どこを見渡しても工事中だらけの街を見て、ふと考えてしまいます。
1936年のベルリンオリンピックを、開催当時の東京の生活を連想させるような神楽坂の古民家で観るmoonbow cinema、映画&スポーツの秋のはじまりにぴったりでは!予約は明日9/22(土)正午スタートとのことです。
タイムリープ
持病?の治療のため、近所の大学病院で入院・手術・退院してきた。
ずっと工事中だった古い病院に新館が建てられスターバックスができたのは知っていたけれど、数日入院するにあたり中をウロウロするとセブンイレブンもあり、入り口にペッパーくんもいて、新築の病室は清潔でピカピカ、便利極まりなく、これまで抱いていた病院のイメージは覆された。
私程度の簡易な手術でも、サインする書類も登場人物も多く、巨大な病院の裏側って淡々と撮るだけでドキュメンタリーになりそう。病院で撮られたワイズマン『臨死』は観たけれど、『病院』は未見なのでアテネフランセで観られるかしら。
http://www.athenee.net/culturalcenter/program/wi/wiseman_part1_2018.html
はじめての全身麻酔、「死」ってこんな感じかしら、と連想するようななかなか強烈な体験だった。直前まで手術室の方々と笑って話していたはずなのに、麻酔の処置が始まるや否や微睡むステップをすっ飛ばして一瞬で眠りに落ち、次に目覚めるとすべてが終わっていた。ふわふわと楽しい夢を見ていたようで、目覚めてしまって少しがっかりした。麻酔にかけられていた数時間が私の人生から消失し、手術前と手術後の時間が非連続になってしまった事実にしばらく混乱した。『時をかける少女』のタイムリープってこんな感じかしら。
吐き気など副作用もなく、手術の日の夜にはもう歩けるほど身体への負担が軽かった私だから考えるのかもしれないけれど、全身麻酔ってドラッグのように癖になってしまう人いるんじゃないかしら?とググってみれば、マイケル・ジャクソンが不眠解消のため麻酔薬依存していた説があるらしく、睡眠薬がわりにするなんてどうかしてる…!と思うと同時に、あの眠りを味わえるなら、と願う気持ちは微かに理解できなくもない。
外に出ると、秋祭りを告げる江戸紫の幟が1メートルおきにはためき、八百屋の軒先に巨峰が並び、ぐっと秋だった。ずっと屋内にいたせいか、いつもの街がいつもより可愛らしく見えた。
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